拡大する写真・図版山崎ワイナリーのワインショップ=2020年6月26日、三笠市、片山健志撮影

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 かつて炭鉱でにぎわった北海道三笠市。4代続くコメ農家が一念発起し、作物はすべてブドウに切り替えた。国内のワインの作り手を表彰する大会で2年連続で最高賞を獲得し、年間9千万円を売り上げるまでに成長した。4代目の若き跡継ぎが次にめざすものとは――

コメ農家を辞めた

 札幌市内から高速道路を北へ約1時間、道央道の三笠ICを降りて5分ほどの丘陵地にある山崎ワイナリー。石狩平野を見下ろす開けた一帯に、ログハウス風のワインショップや醸造所が立ち並ぶ。

 東京ドーム2.5個分にあたる12ヘクタールのブドウ畑では、赤ワイン用の「ピノ・ノワール」や白ワイン用の「ケルナー」など10品種を育て、自社畑でとれたブドウのみでワインを作っている。

拡大する写真・図版山崎ワイナリーのブドウ畑=2020年6月26日、三笠市、片山健志撮影

 ブドウの栽培を担当する山崎太地(たいち)さん(35)は、この地で農業を営む4代目だ。

 祖父の代にはスイカなどをつくっていたが、1970年代に父の和幸さん(67)が大規模経営にかじを切り、当時としては北海道でも大きい約20ヘクタールの農地でコメや小麦をつくり始めた。

 「ゆめぴりか」や「ななつぼし」といったブランド米が登場し、今でこそコメどころとして知られる北海道だが、当時は「やっかいどう米(まい)」と揶揄(やゆ)され、北海道米はまずいコメの代名詞だった。山崎家もたびたび冷害による不作や価格暴落に悩まされ、経営は安定しなかった。

 転機は80年代。和幸さんは農業研修で訪れたニュージーランドで、ブドウの栽培からワインの販売まで手がけるワイナリーを目の当たりにした。自らが育てた作物を、自ら加工し、価格も自ら決められる。自立した農業経営ができると思った。たびたびニュージーランドを訪れ、少しずつノウハウを学んだ。

 「付加価値の高い農産物として、トマトやリンゴのジュースも検討したが、何よりワインが好きだった」

 金融機関から1億円を超える融資を受け、ワインづくりに乗り出した。

 98年、小麦やトウモロコシの農地の一部0.5ヘクタールにワイン用のブドウの木を植えた。ワインの醸造免許を取得できる最低ラインだ。毎年1~2ヘクタールずつブドウ畑を広げていった。

 2002年には醸造所をオープンさせた。三笠市を含む空知(そらち)地方で初めてのワイナリーだった。

 03年、初めて仕込んだワインを売り出した。だが、知名度がなく、まったく売れなかった。隣町の岩見沢市にあるスーパーで試飲販売をしたが、1日に1本しか売れなかった。

 04年には台風の被害を受け、ほとんどブドウが収穫できなかった。ワイン事業は赤字続きだったが、コメや小麦の収入で補い、なんとか事業を続けた。

売れ行き急増、そのわけは?

 蒸し暑い本州ではピノ・ノワールやケルナーといった高級品種の栽培は難しいとされるが、涼しい北海道では向いているはずだ。そう信じてワインづくりに向き合った。

 08年、前触れもなく、白ワインの「ケルナー2007」の売れ行きが急増した。

 「な…

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