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 私たちの暮らしを一変させた新型コロナウイルスは、被災地にも新たな課題を突きつけた。コロナ禍のなか初めての大規模災害となった7月の熊本豪雨(令和2年7月豪雨)で、自衛隊は延べ約35万人を現地に派遣。「ボランティア不足」「避難控え」といった問題が浮上するなか、いったいどのように救援活動にあたったのか。当時、現場トップの陸上自衛隊西部方面総監として災害派遣に対応した本松敬史(もとまつたかし)氏(58)が朝日新聞のインタビューに応じ、現場の実情を語った。

拡大する写真・図版自衛隊と災害派遣 現場トップは語る①

「災害大国」日本ではいま、救援・復旧活動で自衛隊への依存が増している。九州・沖縄を管轄する陸自西部方面隊(約2万5千人)のトップである西部方面総監を務めた本松敬史・元陸将が8月の退官後、初めてメディアのインタビューに応じた。陸自の中枢ポストを歴任し、自衛隊制服組トップの統合幕僚長を直接補佐する副長も務めた立場からの証言を4回の連載で紹介する。

 本松氏は、九州地方・沖縄を管轄する陸自西部方面隊(西方)の総監を8月まで務めた。西方に配置された自衛隊隊員約2万5千人のトップだ。

情報ない中で緊迫の救助

 「あれよあれよという間に球磨川の水かさが増していく。防災無線も激しい雨音にかき消され、辺り一帯は停電し、携帯電話も通じない。知事からの災害派遣の要請前から、我々は内部で情報組織を立ち上げ、待機態勢をとっていた」。豪雨に見舞われた当初の様子を、本松氏は振り返る。

 熊本豪雨では、気象庁が7月4日午前4時50分、熊本県の球磨村などに「大雨特別警報」を発表。観測史上最多を記録する降水量で、各地で洪水や土砂崩れが相次いだ。熊本県知事は同日、陸自8師団(司令部・熊本市)長に災害派遣を要請した。

 自衛隊も、初めは球磨村で特別…

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