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 25日に死去したサッカー元アルゼンチン代表のディエゴ・マラドーナさんを惜しむ声が、世界で広がっている。天才プレーヤーが私たちに見せてくれた輝きとその不在を、どう受け止めればいいのか。中南米で調査をしてきた文化人類学者で、サッカー批評の著書もある今福龍太さんに、追悼の寄稿をしてもらった。

 天才プレーヤーとしての称賛の言葉はもう充分だろう。引退後の言動にふれながら、毀誉褒貶(きよほうへん)相半ばするものとして生涯を語る、中立をよそおった冷淡な総括からも離れよう。ディエゴ・マラドーナ。母国アルゼンチンでは唯一無二であるという意味の定冠詞をつけて「エル・ディエゴ」。もはや一人の人間であることを超えた、永遠に輝く精神体。

 ディエゴという音はディオス(神)に通じ、彼自身もまた民衆にとっての神そのものとなった。ブエノスアイレスの貧民区から生まれた不世出の英雄として。死の報を聞いて、天才が天才となったスタジアム、聖地ラ・ボンボネーラに人々は集結した。そこでディエゴがこれまで与えてくれた美しい記憶を慕い、追悼するために。集う民衆の一途な心がつくりあげたささやかな祭壇の一つに、こんな書きつけがあった。Dios est●(aに´(鋭アクセント)付き) con Dios.

 神はいま神のもとにいる。この…

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