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 1947年1月、3年間の中断をへて第26回全国中学ラグビー大会が復活した。大会に出場する旧制福岡中(現福岡高)の部員たちは博多駅で夜行列車に乗り込んだ。切符が簡単にとれるような時世ではない。当時、14歳の2年生部員だった森田義光さん(88)=福岡市早良区=は見送る側だった。「全校生徒の8割くらいは集まったんじゃないでしょうか。応援歌を歌ったんです」

 西宮球技場で開かれた再出発の大会に集ったのは8校。福岡中は24(大正13)年に九州で最初に創部された。全国中学大会でも当時で優勝1度(関西大会と分かれた第24回の九州大会での優勝)、準優勝2度の名門だった。

 初戦の3失点のみで勝ち上がり、復活大会の王者になった。森田さんの2学年後輩、麻生静四郎さん(86)=福岡市早良区=の三つ上の兄・純三さん(故人)は、優勝時のスタンドオフだった。「天王寺中(大阪)や神戸二中が強かった」。そんな感想を兄から聞いたことを覚えている。「予選、大会を通じて相手をノートライに抑えてきた。皆ようタックルしよった」。純三さんは『福中・福高ラグビー50年史』のなかでそう振り返っている。

 森田さんは多くの生徒たちと一緒に、優勝盾を手に凱旋(がいせん)した部員たちを博多駅で出迎えた。「本当に感激してうれしかった。それまでも『強い、強い』と言われていたけど、強さが証明された。この優勝が福中の礎になったと思う」

 森田さんは混乱期にラグビーにのめり込んでいく。

 第100回全国高校ラグビー大会が27日、大阪・花園ラグビー場で開幕する。1918(大正7)年に始まった大会は、他の競技と同じく戦争による中断を余儀なくされた。楕円(だえん)球を追う少年たちは戦時下、どんな環境に置かれ、どのように復興期を歩んできたのだろう。戦後75年の冬。節目の大会を前に、当時のラガーマンたちを訪ねた。

 福岡中の校庭は荒れ、練習は芝…

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