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 コロナ禍で演劇や音楽などさまざまな表現の場が失われるなか、札幌山の手高校(札幌市西区)の演劇部が10月に今年最初で最後の舞台を踏んだ。演じたのは漫画家・手塚治虫(1928~89)が戦争体験をもとに描いた「紙の砦(とりで)」。部員は活動休止中に感じた葛藤と、再び舞台に立てる喜びを演技に込めた。

 「紙の砦」は手塚が74年に発表したフィクション。灯火管制や空襲など戦況が悪化するなか、漫画に情熱を燃やす主人公・大寒(おおさむ)鉄郎少年の姿を描いた。原作は大寒少年が戦火を生き抜き、未来へ向かって踏み出すところで幕を閉じる。

 同校演劇部が演じたのは、1970年代に漫画家となった大寒がいまだに創作活動にもがきながらも自伝漫画を描く設定で、少年時代を回想していく。道高校文化連盟(道高文連)石狩支部演劇発表大会に向けて、顧問の中禰(なかね)勇介教諭が原作をモチーフに書いたオリジナルシナリオだ。

 「今のかれらなら演じられるかもしれない」。中禰教諭は、思うように活動ができずに悩む部員たちを見て、思い立った。部員からは、コメディーを得意とする山の手らしくない、という声も出た。部長の郷由佳子さん(3年)も初めはそう感じた。ただ、原作を読み、大寒少年と重なる部分が自分たちにある、と感じた。「戦争で夢をあきらめた人がいて、コロナで夢をあきらめざるを得ない人もいる。それでも、私は前を向きたい」

 8月からの稽古では、戦時中の日常や服装の資料を当たった。国民服の名札には名前と血液型を書くなど細部を表現し、小道具は当時の趣を再現するため本番直前まで時間をかけた。

 大寒少年を演じた島田悟朗さん(2年)は、役になりきるために髪を丸刈りにした。「戦争を体験していない自分には完全には理解できない」と思いつつ、少しでも近づきたいと、役を考え続ける毎日。中禰教諭から「悟朗らしい明るくて芯のある『大寒少年』になりつつある」と評価されるまでになった。

 大会当日。

 「『時』の歩みは三重である。未来はためらいつつ近づき、現在は矢のようにはやく飛び去り、過去は永久に静かに立っている――」。そのせりふから舞台が暗転し、約30人の役者が踊り、走り、75年前の少年、少女の姿を描き、戦時中の青春、大寒の漫画への情熱を演じきった。

 結果は優秀賞で、全道大会へは進めなかった。郷部長は「この作品に挑んだことに達成感もあり、この仲間と芝居ができて幸せだった」。中禰教諭は「コロナ禍を味わった今の子どもたちにしかできない素晴らしい芝居だった。とにかく感謝しかない」と語った。(原田達矢)

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