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 今年3月に政変によって政権が交代したマレーシアで、政界の混乱が続いている。その中心にいるのが野党・人民正義党(PKR)の党首であるアンワル元副首相(73)だ。与党から造反議員を呼び込むことで、首相の座を奪おうとしている。エリート副首相から、投獄。野党のリーダーとなって、また投獄。そんないばらの道を歩んできた反骨の政治家だが、首相への道はなお険しい。

「首相の資格」 突然の会見

 「次の政府に加わる政治家たちは、良質な統治、反汚職、法の支配、すべての人種と宗教を引き入れることを尊重する」。それは、まるで次期首相への就任宣言だった。

 9月23日、クアラルンプールのホテルに記者を集めた緊急会見。野党のリーダー、アンワル氏はこの場で、「下院議員の過半数から支持を集めたため、自分が首相に就任する資格がある」と訴えた。つまり与党にもアンワル氏を支持する造反議員がいるというのだ。

拡大する写真・図版9月23日、記者会見後に手を振る野党連合のリーダー、アンワル氏(右)と、妻のワンアジザ氏=ロイター。会見では、自身に首相になる資格があると訴えた

 マレーシアでは、下院議員の過半数の支持を得た議員を、国王が首相に任命するしくみになっている。そこでアンワル氏は10月13日に国王に会い、自分が支持を集めたことを伝えた。

 国王はすぐには認めず、各党に支持の意向を再確認しようとした。だが、新型コロナウイルス感染の再流行もあって話は進んでいない。

 アンワル氏も、自身が集めたという支持の内訳を明らかにしておらず、不安定な状態がいまも続いている。

反骨の政治家、波乱の人生

 アンワル氏は、マレーシアでは「改革派」の象徴として根強い人気を誇る。その人生は、波瀾(はらん)万丈だ。

 マレーシアには1963年の建国以来、長く政界の中心を占めてきた「万年与党」がある。これまで8人の首相のうち6人を輩出した「統一マレー国民組織(UMNO=アムノ)」だ。

 アンワル氏も、もともとはUMNOに所属。1990年代には副首相まで務め、当時首相だったマハティール氏の後継者とみられていた。

 だが98年、アジア通貨危機への対応をきっかけに政権を追われると「改革派」としての立場を鮮明にし、UMNO主流派を痛烈に批判。若者などから熱烈な支持を集めた。経済がある程度成長し、多様な価値観を求める人たちが増えていく時代の空気が、人気を後押しした。

 だが、待っていたのは投獄だった。同年、複数の容疑で逮捕され、職権乱用や刑法で禁じられている同性愛の罪で起訴。有罪判決を受けた。捜査には、政敵に厳しいマハティール氏の意向も働いたとみられている。

 それでもアンワル氏はあきらめ…

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