戦意あおった新興メディア、コロナ禍に再び影 真山仁氏

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真山仁のPerspectives(視線)

 「ハゲタカ」などの著作で知られる作家の真山仁さんが、移り変わる「いま」を、多様なPerspectives(視線)から考えます。日本では、原爆投下と終戦の日がある8月に平和を考える習慣がついています。真山さんは、太平洋戦争を始めた12月にこそ、平和を考えるべきではないかと訴えています。

忘れてはならない国民自身の責任

 「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部、12月8日午前6時発表。帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」

 1941年、ラジオのニュースで、日本国民は太平洋戦争開戦を知る――。

 今から約79年前の出来事だ。

 我が国では、広島と長崎の原爆投下と終戦の日がある8月に、平和を考える習慣がついている。しかし、本当に平和を考えたいのであれば、日本が戦争を始めた時について、深く知り、考えるべきではないだろうか。

 日本が太平洋戦争に至った理由は、複数ある。泥沼化する日中戦争を国際連盟から非難され、米英オランダなどから経済制裁を受けたことに対する対抗処置という説、または制裁が厳しかった米国に戦争へと追い詰められたという説もある。

 あるいは、軍部の台頭が続き、陸軍を中心とした開戦派が暴走した結果だとも言われている。

 いずれもが開戦の一因だったのは間違いない。だが、開戦理由の中で、見落とされがちな存在がある。

 それは、日本国民自身が開戦に加担していた事実だ。

 終戦までの日本は大日本帝国

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