小樽運河の象徴、北海製缶第3倉庫が解体危機 老朽化で

佐久間泰雄
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 【北海道】小樽ゆかりのプロレタリア作家小林多喜二の小説の舞台となり、小樽運河のシンボルともいえる北海製缶(本社・東京)の小樽工場第3倉庫が解体の危機に瀕(ひん)している。老朽化などを理由に同社は解体を決めたが、保存活用を目指す小樽市が1年間の猶予を申し入れた。観光都市として、歴史的建造物や景観をいかに保存するべきかが問われている。(佐久間泰雄)

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 第3倉庫は小樽運河が完成した翌年1924(大正13)年の建造で、鉄筋コンクリート4階建て、延べ床面積は7200平方メートル。北洋漁業が盛んだったカムチャツカ半島の水産物加工場向けに製造した、サケ・マスの缶詰用の缶を保管する倉庫として使われた。

 小樽運河をつくるため海を埋め立てた造成地に、マツの杭を何本も打ち込んで地盤補強して建てられた。「北のウォール街」として知られる小樽の銀行群のうち、旧北海道拓殖銀行小樽支店などと同じ黎明(れいめい)期の鉄筋コンクリート造りで、築96年を数える。

 製品を詰めた木箱を運河へ滑り下ろすらせん状のスパイラルシュートやリフトなど当時の最新設備があり、機能を重視したシンプルな外観が特徴で、2012年に小樽市の歴史的建造物に指定された。市内在住の建築史家、駒木定正さん(69)は「運河とともに歴史を歩んできた機能美を誇る近代遺産だ。石造倉庫群とともに小樽運河の景観に欠かせない」と話す。

 小林多喜二の小説「工場細胞」(1930年発表)では、その舞台となった。「『H・S工場』はその一角に超弩(ど)級艦のような灰色の図体(ずうたい)を据えていた。それは全く軍艦を思わせた」と、多喜二は描写した。

 戦前の治安維持法に詳しく、多喜二の研究でも知られる小樽商科大の荻野富士夫名誉教授(67)は「当時の北海製缶は、北洋漁業と小樽の発展に欠かせない近代的大工場だった。多喜二の代表作『蟹工船』に登場するカニ缶をつくった歴史的遺産で、小樽運河の象徴だ」と語る。

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 倉庫は製品の保管場所として、今年8月まで使われていた。しかし老朽化は激しく、壁面の一部が剝離(はくり)したことから、2年前には北海製缶が700万円をかけて安全ネットを設置。他にも防水設備に年間約200万円をかけ、維持・補修を手がけてきたという。

 老朽化に加え、新型コロナウイルスでの業績不振もあり、同社は解体を決定。当初は11月から解体作業を始め、年度内の完了を検討していた。

 だが、保存を目指す市が10月に1年間の猶予を申し入れ、同社も受け入れた。迫俊哉市長は「倉庫は重要な小樽運河のランドマーク。歴史的景観・建造物を保全する仕組みを経済界やまちづくり団体、専門家と考えなくてはいけない」として、保存、活用策を検討する考えだ。

 36年間にわたって小樽の町並みを研究している堀川三郎・法大教授(社会学)は、定点調査を始めた1997年以降、小樽の歴史的建造物や景観が急速に失われ、ここ10年はその傾向が著しいと指摘する。

 小樽では1970~80年代、市民による運河の保存運動が起こり、運河が観光資源に生まれ変わった。堀川教授は「斜陽の港町だった小樽は、小樽運河論争をきっかけに今日の『観光都市』へ変身した。当時の教訓を次世代に引き継ぎながら町並みの喪失にどう対処すべきか、いま問われている。熟慮が不可欠だ」と話している。

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