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 今年のノーベル化学賞に決まった「ゲノム編集技術」。生物の遺伝情報の狙った場所を変えられるため、動植物の品種改良や病気の治療に大きな変化をもたらすとみられる。

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 筑波大つくば機能植物イノベーション研究センター(つくば市)の江面(えづら)浩教授の研究室。ストレスを和らげたり血圧上昇を抑えたりする働きがある成分「GABA(ギャバ)」を多く含むトマトの開発を手がけている。

 トマトは細胞内でグルタミン酸からGABAを作り出すが、鍵となる酵素はふだん活性が低く保たれる仕組みだ。今回、ノーベル賞の受賞対象になった「CRISPR(クリスパー)/Cas9(キャスナイン)」という名のゲノム編集技術を用いて、活性を抑える働きをしている部分をピンポイントで除去。するとGABAの蓄積量は、野生種の約15倍まで高まった。当初実験用の小型トマトで行ったが、私たちの食卓に並ぶ大玉トマト品種でも約5倍の増加が確認できたという。

 江面教授は、県の園芸試験場でメロンの品種改良に携わり、筑波大に移ってからトマトを研究対象に定めた。GABAに関する蓄積があったものの、ゲノム編集で成果を上げるのに要した期間はわずか1年余りだった。

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 生物の遺伝情報は、細胞内のDNAという化学物質に暗号化されて保存されている。構成する四つの塩基の並び順が、生物の「設計図」となっている。

 ゲノム編集技術の基本は、働きがわかっているDNAの特定の位置をピンポイントで探して切ることだ。「遺伝子組み換え技術」は外から遺伝子を挿入して、新たな性質を付け加えるが、どこに組み込まれるかは偶然任せだった。

 切断された場所は多くの場合元通りに修復されるが、時に起きるミスで生物の性質が変容する。

 伝統的な品種改良は、突然変異で現れた有用な品種をかけあわせ、望んだ性質になるまで交配を繰り返してきた。ゲノム編集技術を用いれば、大幅な時間短縮ができる。別の遺伝子を新たに加えることも可能だ。

 識者の中には、ゲノム編集は「DNAの2重らせん構造の発見で始まった生命科学の中でも指折りの発明」という人もいる。いくつかある類似技術の中で、ノーベル賞受賞が決まった米仏の女性研究者2人が開発したクリスパー・キャス9は扱いやすく安価とされ、2012年に発表されるとすぐに普及した。

 遺伝性の血液疾患や筋ジストロフィーといった病気の治療への応用も期待されている。だが、狙ったところ以外に変異を起こしてしまう恐れもあり、ヒトのDNAを操作することに慎重な意見がある。まずは果物や野菜、魚類の品種改良から導入が進むとみられる。

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 ゲノム編集技術で開発された食品の届け出制度が、昨年10月に国内で始まった。別の遺伝子が残っていない場合は「従来の品種改良と区別がつかない」として、厚生労働省に届け出れば安全性審査なしで流通させることができる。届け出は、まだない。

 江面教授は、ベンチャー企業「サナテックシード」を2018年に設立。届け出に向けた準備を進める。肉付きをよくしたマダイや芽に毒のないジャガイモ、養殖しやすいおとなしいマグロなど、各地で開発が進むゲノム編集農水産物のなかでも「第1号」候補と見られている。

 江面教授は、少子高齢化と食生活の変化による生活習慣病の増加で、高GABAトマトに需要はあるとみる。ミニトマトなら一日2粒、ふつうサイズなら8分の1切れほど食べれば、高血圧症対策になるという。「服用薬やサプリの数が増えると気分が沈む人もいる。毎日の食事にトマトを加えて、健康改善につなげてほしい」

 ただ、商品とする種をとるのに時間を要するため、栽培されたトマトが店頭に並ぶのは、国への届け出後1年ほど先になりそうだ。(庄司直樹)

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