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 NGO「ペシャワール会」現地代表の中村哲医師が73歳で凶弾に倒れてから4日で1年。アフガニスタンで取り組んだ人道支援の活動を改めて見つめ、中村さんの人柄と志をしのぶ取り組みが各地で広がる。

 熊本市の熊本城ホールでは11月29日、追悼の会が開かれた。約500人が参加した。

 ペシャワール会理事で、福岡市の出版社「石風社」代表として、中村さんの著作を数多く世に送り出した福元満治さんが登壇。中村さんの言葉を引用しながら、志と行動をたどった。

 中村さんが医師でありながら井戸掘りに、さらには用水路建設に乗り出したのは2000年以降。アフガンが大干ばつに見舞われたからだった。「飢えと渇きは薬では治せない」「100の診療所より1本の用水路を」といった言葉を挙げ、「日本にも世界にも良心的な医者はたくさんいるが、『干ばつだから井戸を、自分たちで率先して』という医者はいない」とたたえた。

 追悼の会は、熊本から中村さんを支援してきた「ペシャワール会熊本連絡会」が主催。連絡会の柴田堅一郎会長も中村さんとの思い出を語った。柴田さんは、中村さんとは九州大医学部時代の同級生。中村さんは熊本を何度も訪れ、アフガンで用水路を建設する際には加藤清正の治水の足跡を見学した、と明かした。

 最後に会ったのは昨年10月のクラス会。用水路によって砂漠化した大地が緑の農地に変わり、養蜂も軌道に乗ってきたと、「いつものおだやかな口調で話してくれた」と振り返った。

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 中村哲さんがアフガニスタンで農業用水路建設を進めるにあたってモデルとした取水堰(ぜき)「山田堰」がある福岡県朝倉市。堰から5キロ足らずのあさくら図書館(朝倉市宮野)では、中村さんの著書などを集めたコーナーを設けた。入り口正面に中村さんの著書やDVD、伯父の作家・火野葦平さんの小説、筑後川の利水に関する書籍など約100点を並べて紹介している。

 山田堰は江戸時代に筑後川に築かれ、今も周辺の農地を潤している。図書館の担当者は「川とともに歩んだ先人の知恵と工夫を学び、アフガニスタンで活動された中村さんの取り組みを改めて知ってほしい」と話す。国際協力やイスラム教に関する書籍もあり、14日まで展示予定。市内の他の2館でも、中村さんのコーナーを設けて関連書籍を紹介している。

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 朝倉市では12日午後1時半から、中村哲さんをしのぶ催しが開かれる。朝倉市初となる市民栄誉賞の授与式のほか、中村さんの活動を追ったテレビ西日本のドキュメンタリー作品の上映、中村さんの長女秋子さんと西日本新聞の中原興平記者の対談などがある。会場は市総合市民センター「ピーポート甘木」大ホール。ペシャワール会の活動報告写真展も同時開催。午後4時まで。入場無料。

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 福岡県古賀市のリーパスプラザこが交流館フォーラムでは一周忌追悼企画展が開かれている。

 中村さんは小学1年生から20代後半までを旧古賀町(現古賀市)で過ごし、付近の山で自然に親しんだ。企画展では、約40枚のパネルで、中村さんとペシャワール会の現地活動の様子などを紹介。中村さんが約20年前、市内の山に登った際に入浴した五右衛門風呂も展示している。24日までで、月曜休館。

 同じ交流館の多目的ホールでは命日の4日午後6時から、母校の古賀西小の児童や卒業生が集めた募金をペシャワール会に贈呈する。「中村哲さんの思いを受け継いでいくということ」と題し、同会の古川正敏事務局長や中村さんの同級生らが話すトーク企画もある。いずれも入場無料。(佐々木亮、岩田誠司、原篤司)

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