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 いにしえの時代、日本海側は列島の表玄関として異文化を受け入れ、発展した最先端の地域だった。日本海文化の特色の一つに、きらめく宝石を加工した玉作りがある。弥生時代、ヒスイや碧玉(へきぎょく)などの産地が点在する日本海側では、あちこちの遺跡に工房があり、ネックレスや腕輪などが作られた。その製作技術は、現代でもまねするのが難しいほど高度なものだったようだ。

拡大する写真・図版八日市地方遺跡から出土した碧玉製の管玉や、ヒスイの勾玉を連ねて作った装身具=石川県小松市埋蔵文化財センター提供

 玉作りの素材として知られる緑色の碧玉は、ヒスイと並ぶ日本海を代表する交易品の一つだ。弥生時代前期、円筒形の管玉(くだたま)の製作技法が朝鮮半島から入ると、その技術は、またたく間に日本海沿岸を伝わった。

 約2300年前の集落遺跡、八日市地方(ようかいちじかた)遺跡(石川県小松市)は、北陸地方最大級の玉作り遺跡でもある。10キロほど南の山中に碧玉の産地があり、そこで採れた石で管玉を製作したようだ。

 「遺跡からは、合計500キロ…

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