若松真平
1975年1月、中村友美さん(72)は次男を産んだ。故郷の三重県内での里帰り出産だった。
体重3860グラムで帝王切開。ちゃんと泣くのか、目は見えているのか、耳は聞こえているのか。手足の指が5本ずつあるかまで数えたことを覚えている。
左頰には米粒より少し大きいホクロがあった。少し目立つが「男の子だし気にしなくてもいいか」と思った。
数日後、世話のため病院に来ていた義理の叔母が次男のホクロを見て言った。「あらっ、あるのね」
何げないひと言で、悪気があったわけではない。それでも他人から言われたことで、気にするようになった。
担当してくれた産婦人科医に相談すると、がんなど悪性のものではないだろうとのこと。続けてこう言われた。
「手術で取れるけれど、幸運を運ぶかもしれない。顔に傷をつけるのはやめましょう」
次男が小学1年生の時、夫が海外に単身赴任することになった。
母と子2人になるため、東京から実家がある三重県伊勢市に引っ越した。
都会から来た色白の1年生。もちろん地元の方言は使えない。転校生というだけで頭のてっぺんからつま先まで注目された。
引っ越してしばらく経った日のこと。いつもなら帰宅するなりランドセルを置いて遊びに行く次男が、珍しく家にいた。
「手鏡とはさみ貸して」
そう言われ、深く考えずに手渡…
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