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 岩手県大槌町の山間でシイタケ作りを始めて50年になる兼沢平也さん(72)。原発事故やその後の豪雨災害にも耐え、11月には林業関係者として全国でただ一人、叙勲(旭日単光章)を受けた。兼沢さんはこう話す。「シイタケ作りは芸術です」

 「雲行きが怪しい」。兼沢さんは朝方、妻の静子さん(73)と軽トラックで山道を上り、杉林に入ってシイタケを収穫した。雨に濡(ぬ)れたシイタケは「あまこ」と呼ばれ、値が下がるからだ。天気が急変すると夜でも飛んでいく。

 菌を付けたほだ木が6万本、80アールにわたって林の中に並んでいる。傘の周囲が白くなった取れごろのシイタケを一つ、二つと根元をねじってもぐ。今は秋の収穫期だが、多くは成長の良い4~5月に出荷できるよう育てている。

 県立農業短期大学校(当時)を卒業後、1970年から父が育てていたシイタケの栽培を継いだ。「その場所の育て方がわかるまで10年かかる」。試行錯誤を繰り返し、8万本まで広げた。色や形を競う全農乾椎茸(シイタケ)品評会では農林水産大臣賞の受賞を重ねている。

 出品作は温室で2カ月近く毎日、温度と湿度を調節しながら育てる。すると、傘に切れ目が走り、亀甲のような幾何学模様ができていく。霧吹きで湿り気を与えて切れ目に色をつけることもある。肉厚になったらもいで、乾燥機でじっくり仕上げていく。「模様を浮き立たせ、表面に張りを保ったまま乾燥させていく工程は、芸術作品を作り上げるようです」

 そんな兼沢さんに、自然は素晴…

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