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 岡山県津山市の「城西地区」にある大正時代の橋の路面下に、全国的にも珍しい「舗装れんが」が敷き詰められているのが見つかった。だが、なぜ特殊なれんが舗装をしたのか。れんがはどこで作られたのか。謎はいくつも残っており、市は解明に意欲を示す。

 れんがは、津山市中心部を東西に走る旧出雲街道に架かる翁(おきな)橋で見つかった。1926(大正15)年に建設された鉄筋コンクリート製で、長さ、幅はいずれも約10メートル。欄干には当時流行したアールデコ様式を採り入れるなどの特徴があり、99年に国の登録有形文化財に指定された。

 市土木課によると、れんがが見つかったのは今年2月、橋の安全性点検のために試掘した時だった。アスファルト舗装の路面1メートル四方を剝がしたところ、その下から舗装されたれんが50個が現れた。

 1個のれんがは縦9センチ、横8センチ、長さ21センチで、正四角柱に近い形。重さも3・4キロと、通常のれんがより1キロほど重い。橋のコンクリート面に接する底面はワッフル状の縦格子模様がついている。

 連絡を受けた市歴史まちづくり推進室は、京都府舞鶴市の「赤れんが博物館」や、土木遺産の研究者らに尋ねた。その結果を総合すると、見つかったれんがは、国内で1921(大正10)~35(昭和10)年の十数年間しか作られていない「舗装れんが」とみられる。車道をれんがで舗装した例は全国でもほとんどないことも分かった。

 だが、これ以上のことは不明のまま。特徴的な縦格子模様は、現存する他のれんがにはみられない。当時、現・備前市で舗装れんがを製造した窯業(ようぎょう)企業に問い合わせたが、「うちの製品ではないと思われる」と否定的な回答だったという。

 現在、試掘の部分しかれんがを確認していないが、地元写真館が所蔵する建設当時の橋の写真では、路面はれんが張りのように見える。地域の歴史を記録した書籍には、当時を知る地元の古老の「木製れんがと思っていた」という証言もあった。市は全面れんが舗装だったことは、ほぼ間違いないとみる。

 しかし、なぜあえて、れんがで舗装したのかは分からない。市の担当者は「当時の最先端の資材を使い、欄干のデザインにもこだわった橋を地域のシンボルにしようと考えたのかも。なんとか解明して、新たな歴史的価値を見いだしたい」と話す。

 翁橋がある城西地区は、明治・…

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