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 「男性はリーダーに向いている」「育児は女性の役割だ」。そんなジェンダー(社会的な性差)にもとづく価値観は根強くあるなか、近年は性別による「らしさ」を問い直す声が男性からも上がり始めています。国際男性デーに開いた記者サロンでのやりとりから、男性が「違和感」を言葉にしていくことの意義や難しさについて考えます。

弱音 人には言えず

 先月19日にオンラインで開催した記者サロン「『らしさ』の呪縛 ~国際男性デーにジェンダーを語る~」では、作家・白岩玄さんと恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表・清田隆之さんを迎え、武田耕太記者(科学医療部次長)も交えてジェンダーの問題に気づいたきっかけや発信する葛藤などを語り合いました。聞き手は社会部・伊木緑記者が務めました。やりとりの一部を紹介します。(三島あずさ)

「俺のことだ」

 みなさんは、何がきっかけで「らしさ」への違和感やジェンダーの問題に気づいたのでしょうか。

 白岩「25歳の頃、小説で男性の内面が書けなくなったんです。僕自身が男らしさみたいなものに縛られ、つらい時に『つらい』と言えないことに気づきました。小説でリアリティーのある男性の悩みを書きたいのに、書き手である僕自身がありのままの感情、特に弱さを公にすることに抵抗があったのです」

 清田「僕も弱音を人に言えず感情表現が苦手でしたが、それがジェンダーと結びついていると知ったのは30代になってからです。大学時代から女性の恋バナを数多く聞いてきました。彼氏がすぐ不機嫌になるとか皿洗いをしないとか、似たような話をたくさん聞くな、自分にも当てはまることがあるなと感じてきたのですが、上野千鶴子さんらの本を読み、漫然と感じていたことがジェンダーの視点から説明されていてゾッとしたんです。俺のことじゃないか、と」

 武田「いま3歳の長女が生まれたとき、半年育休をとり、復職後は単身赴任を経験しました。育休中は過剰にイクメン扱いされ、単身赴任中は育児ができない。なぜ男性は育児をする主体とみなされないんだろう、と思うようになりました」

抑圧も犠牲も

 男性優位な社会構造のもとでは、男性性(いわゆる「男らしさ」)と加害性は切り離せない問題です。加害性に気づいた男性は罪悪感を抱き、しんどい思いをするのではないでしょうか。

 白岩「そうですね。男性性の加害性は、居心地の良さともつながっています。他人よりも自分が上だと思うのは、ゆがんではいますが、自信につながります。だから、居心地の良さを手放せない。どうしたら『正しいカタチ』で自信をもてるのか、と考えることがあります」

 清田「男性に強引に迫られた、痴漢に遭った、セクハラされた……。女性からそんな体験を聞くなかで、自分の無自覚な言動が女性たちを傷つけてしまうかもしれないと、びくびくしながら生きるようになった節はあります。でも、そういった可能性に想像力をはせることなく失礼なことをバンバン言っていたかもしれない頃と、ちょっとびくびくしながらコミュニケーションをとるようになった今を比べたら、気づけてよかったと心底思います」

 男性優位な社会構造=(イコール)個々の男性の責任というわけではありません。個々の男性も、そうした構造の犠牲者とも言えそうです。

 白岩「男性は抑圧者であると同時に、ジェンダー秩序の犠牲者でもあります。子どもは色がついていない状態で生まれてきて、いろいろなものを吸収するなかで、ある種のゆがみが出てくる。子どものせいではなく、親や社会の影響です。僕も、成長の過程で刷り込まれてきたものを『全てあなたのせいです』と言われると、きついものがあります」

 武田「育休から復職し、悩みが深まりました。自分にも加害性があるのでは。もっと育児もしたい。そんな葛藤が生じると、『男性社会』の会社で生きるのはしんどく、気づかないふりをして疾走する方が楽です。各駅停車より新幹線で一気に目的地に行くほうが、早いし、楽ですよね。各駅停車で、降りた場所で見た風景を自分のなかに取りこんで、また乗って……というのは、本当は豊かなはずなのに、しんどい。そんなねじれた感じがあります」

雑談が財産に

 ジェンダーの問題は女性によって語られることが多かったなか、3人は違和感や自身の内面を言語化し、発信してきました。そこには、どのような難しさがあるのでしょうか。

 白岩「(ジェンダーの問題に)気づいた自分は偉い、みたいにならないように気をつけています。葛藤しながら書いたものが、誰かの葛藤と共鳴したらいいな、と。また、男性をひとくくりには語れないので、あくまで自分がどう感じているのかを突き詰めるようにしています。それを男性の感情の一つのサンプルとして差し出すことが、社会にとって有益であればいいなと思います」

 武田「『父親のモヤモヤ』という企画で、男性が育児と仕事をめぐって抱える悩みについて発信してきました。仕事と育児のバランスで苦しんでいるのは圧倒的に女性が多いのが現状なのに、自分が発信していいのか。仕事も家族もあるなかでの、恵まれた悩みなんじゃないか。そんな葛藤もあります。ただ、ありふれた日常の延長線上に、育児放棄のような悲劇がある。記者というより、生活者として見えている日常の風景を書くことにも意味があると信じたい。そんな思いでいます」

 清田「幼い頃、自分を『なんてかわいいんだ』と思っていました。でも、サッカーチームに入り、中高は男子校。勝つことや乱暴なふるまいが『かっこいい』とされ、『かわいい自分』は抑圧されていきました。ジェンダーをめぐる個人史を語ることで、聞いた人が『自分の場合はこうだったな』というように、考えが広がったらいいなと思います。個人の体験を掘り下げていくと、地下の水脈で他者や社会とつながることがある。祈りにも似た気持ちで発信しています」

 どうすれば「有害な男らしさ」にサヨナラできるのでしょうか。

 清田「男らしさ自体が悪いわけではなく、難しい問題です。ただ、ジェンダーの視点をとりいれて考える習慣がついてから、とりわけ女性が話す言葉の意味を、多角的に読解できるようになりました。背景にこういうモヤモヤがあるからこう言ったのだな、というように解像度が上がり、雑談が楽しくなりました。男性同士でお酒を飲んでノリのいい会話を楽しむのとは少し違い、お茶をしながら『わかりみ』をシェアするような会話ができるようになったのは財産だな、と。お茶しながらのおしゃべり、お勧めです」

勝手に重圧感

 視聴者から寄せられた質問です。「『男らしさ』を求められることへのプレッシャーは?」

 白岩「結婚し、『男らしさ』を求めない人もいるんだと知りました。僕は運転が得意ではなく、20代の頃はコンプレックスでしたが、妻は気にしません。勝手にプレッシャーを感じていたんだと気づきました」

 清田「例えば、女性におごるかどうか、という問題。あれって、『おごってよ』と直接言われるというより、ダサいと思われるんじゃないかというプレッシャーを勝手に感じておごる、というのが実態に近いと思います。自縄自縛ですね」

 「ジェンダー問題に気づくと男性はしんどくなる、とは目からうろこでした」という声もありました。

 白岩「女性はジェンダー問題に気づいたときに、『苦しいのは自分のせいじゃなかったんだ』と思えるのに対し、男性は、『抑圧者』の一員でもあると自覚しなければならないしんどさがあります。もちろん『らしさ』の押しつけや性別による差別は、男女ともに意識したほうがいいとは思いますが」

 清田「しんどくなることは、すなわち悪ではないはずです。違う視点を得られたり、過去の自分に対する理解が進んだりする。必要なプロセスなんだと思います」

「呪縛」は幼少期から

 配信中に視聴者から寄せられた声の一部を紹介します。

   ◇

 保育学部で学ぶ学生です。「らしさ」の呪縛は幼少期からあると感じます。「ままごとは女の子の遊び」「青は男の子の色」のようなことを言う保育者や保護者にモヤモヤします。「ピンクなんて変なの」「女がする遊びじゃん」と子どもたち同士で言う場面も見られます。(20代)

 

 朝日新聞デジタルの&Wと&Mは「女性向け」「男性向け」と記事を分けているようですが、そういう分け方は「らしさ」の押し付けにつながるのでは。(50代)

 

 女らしくあること、男らしくあることが自分らしくあることだとしたら、それは一つの価値観として尊重されるべきだと思うが、ジェンダーを語る際にそういった価値観は「良くないもの」と断罪されがちだと感じています。(20代)

 

 男性の加害者性に気づいた男性は、女性に過剰に気を使うのではなく、まだ加害者性に気づいていない男性に何かのアクションを起こしてほしい。(50代)

 

 男性ってお茶をあまりしないし、友達とカフェでずっとしゃべるとか言うと、男性から「女子やなー」と言われることも多いです。(20代)

 

 日本人の「雰囲気を読む」能力と「らしさ」は綿密に関係していると思います。(60代以上)

家事と育児 手伝うもの?

 デジタルアンケートにも率直なご意見が寄せられました。

●4歳男児に「らしさ」の毒

 4歳男児を育てているが、すでに男らしさの毒に触れている。可愛らしい人形を「それは女の子のおもちゃだからいらない」と言ったりする。もっとありのままの自分や、自分が好きなものを大事にしてほしい。現代日本の「男らしさ」に染まって欲しくない。社会全体を変えなければ、幼少期から有害な男らしさに触れることをゼロにできない。(長野県・30代女性)

●マウントの取り合い疲れる

 男同士の妙な張り合いに、マウントの取り合いに疲れる。女性は経済力や仕事ができそうな感じだけで言い寄ってきて、私個人を見ようとしない。男性社会では認められても弱者からすればダメな男が社会的に評価される、また評価されるために男らしく振る舞う必要に迫られることに納得がいかない。結果の出し方には様々あるが、「男だから」という理由で共感性や気遣いが評価されず、むしろ疎ましく扱われる。(東京都・30代男性)

●収入「程々」は正社員平均?

 協調性や謙虚さは性別によらず必要。他は人それぞれで良いと思う。だが典型的には、長引く不況下でも家庭を支えられる経済力を義務として背負った上で、家事育児を女性並みにこなす義務を求められている。ジェンダー論における男女平等では後者の義務が強調され、前者の義務を女性並みに減らそうという話はめったに出ないので「ジェンダー=一方的に男性の義務が増える」という意識が生まれる。それが無理解や忌避につながり、さらに女性からの反発が強まる構図があるように思う。「収入なんて程々で良いよ」と言うときの「程々」は同年代の正社員平均を指していないだろうか。無職やニートと聞いて男性を思い浮かべていないだろうか。(愛知県・30代男性)

●小さなゆがみが積み重なると

 「女性は子どもが生まれると変わってしまうから、男性はできるだけ家事と育児を『手伝ってあげなさい』」とクラスで言われたことがある。また、日傘や化粧水など、健康を守る物にもかかわらず男性が使うと渋い顔をされる物が多い。このような場面に遭遇した際、「男性=家族を支える、家事育児をしない」という価値観や「美容は男性にとって関係ないタブーな領域だ」と認識され「男らしさ」が形成されていることを感じる。育児の大変さや、健康の大切さに男女の差はないにもかかわらず、小さなゆがみのある状況が積み重なっていくことで、男性の生きづらさが生まれると考える。(鹿児島県・10代女性)

女性の困難「追体験」

 「そろそろ古い窮屈な〈男らしさ〉の鎧(よろい)を、それこそ『男らしく』(つまり潔く)脱ぎすてる時期だ」。伊藤公雄・京都大学名誉教授の著書『男性学入門』の一節です。発行は1996年。

 70年代に隆盛したウーマンリブ(女性解放)運動の影響を受け、日本では90年代にメンズリブ運動が盛り上がり、各地で男性当事者の会が作られました。「『男は泣くな』と育てられた」といった生きづらさと共に、「男はなぜ暴力的なのか」など、抑圧者としての側面も議論しました。

 しかし、運動はいったん下火に。当時の運動に参加した経験のある関西大学の多賀太教授(男性学)は、語られてこなかった男性の悩みが言語化され、解決を模索する一部の男性たちに対しては「ある程度の歴史的使命を果たした」と話します。重視したい問題が立場によって異なる運動内部の差異があらわになったことなども原因とみています。

 いま再び「男らしさ」が見直されています。2010年には「イクメン」が新語・流行語大賞のトップ10入り。主体的に子育てするようになった男性たちが、仕事と家庭の両立をめぐって女性が直面してきた困難を「追体験」。経済低迷や雇用の不安定化によって、男性を「大黒柱」としたモデルも限界に近づいてきた状況で、「仕事優先」「稼ぐ」といった「男らしさ」に男性自身が違和感を唱えています。

 多賀教授は「女性たちによる『女らしさ』の問い直しや女性差別に対する異議申し立ての声がより大きくなったことも関係しているのでは」と話します。世界経済フォーラムの2019年の男女格差(ジェンダーギャップ)ランキングで日本は153カ国中121位。SNSを通じた発信などを受け「男性自身が、男としての特権性や『男らしさ』の呪縛に気づいたといえます」(多賀教授)。(高橋健次郎

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高橋末菜も担当しました。ご感想、ご提案をasahi_forum@asahi.comメールするへお寄せください。