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 陶磁器生産が盛んな岐阜県多治見市や土岐市では、市中で様々な陶器製のオブジェを見かける。手入れが行き届いた作品がある一方で、破損や汚れたまま展示されている作品も目につく。パブリックアートを設置した行政には、作品を適切に管理し続ける責任があるのではないだろうか。(戸村登)

 多治見市の玄関口、JR多治見駅。改札前の巨大な陶壁に加え、南北自由通路には人間国宝ら6人の陶芸作品が並ぶ。「陶器のまち」の意気込みを感じるが、駅から徒歩約10分の土岐川にいくと少し違った光景を目にする。

 昭和橋の親柱にある四つの陶芸作品のうち、三つが一部が欠けている。最初に見たのは3月で、11月に再び見たが壊れたままだった。橋を管理する多治見市道路河川課によると、約30年前の橋の改修時に市の予算で若手作家に依頼し、作品を設置したという。

 ただ、取材当初は「産業観光課の担当」と言われるなど、たらい回し。結局、このオブジェを管理する担当課はないことを知った。

 市内在勤の美術関係の男性(49)によると、「2000年ごろには壊れていた」という。「壊れたものが街中にあって平気だという感覚が怖い。美術品が美しく見える状態を保つのが街づくりだと思う」と話す。

 昭和橋と同じくオブジェや彫刻を設置している国長橋。管理する岐阜県多治見土木事務所道路課によると、1992年に新しい橋が完成し、橋の両端とバルコニーの計12カ所にオブジェや彫刻を設置した。オブジェも「道路の一部」として管理しているそうだ。

 多治見市の古川雅典市長は「(壊れたものを)発見したときに誰が修復するのか、撤去するのか明確でなかった。2021年度に市内のパブリックアートを再調査し、撤去するもの、修復するもの、撤去した後に新たに再設置をするものに分け、方針も1年以内につくりたい」と話した。

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 土岐市内の公園や公共施設にも多くの陶器のオブジェ「陶彫」が展示されている。市教育委員会文化スポーツ課によると、現在、80作品以上があるという。市が1986年~2006年に開催した展覧会の作品で大きく、ユニークなものが多い。一つひとつに作者名や作品名、展覧会名が表示されている。

 同課によると、作品が壊れた場合は作者と相談し、修復できる場合は直してもらう。作者が「直せない」とした場合は撤去する。自重で壊れたものなど、12作品が撤去されたという。

 陶彫の作家たちの作品作りに関わった土岐市立陶磁器試験場・セラテクノ土岐の主任研究員、安江大(おおき)さん(50)によると、陶彫の公募展には陶芸家だけではなく、建築家やデザイナーも応募していた。陶器の特徴や作り方を知らない人もおり、壊れた作品はそうした人たちによるものが多いという。

 屋外で長らく展示されていた作品が傷むのは仕方がない。市は最低限の管理はしていると思う。ただ、1986年開催の「第1回土岐市陶彫展」のパンフレットに、当時の市長は「木彫のプラハ・石彫のカラーラに続く『陶彫の土岐』として、その位置付けされる日の一日も早いことを夢見ています」とあいさつ文を寄せた。多額の事業費を掛けて「陶彫のまち」を目指したが、現状はどうだろう。

 同市下石町の市総合公園には、公園の各所に陶彫があるが、ひび割れたり、薄汚れてしまったりした作品も見受けられる。もう少し適切に維持管理をしていけば、かけがえのない観光資産になるのではないか。

 土岐市の加藤淳司市長は「(陶彫は)財産と思うが、うまく活用していない。今の時代にあった形になっているかを再検証して、再配置を考えることが必要」。メンテナンスも「やっていく必要がある。見直します」と話す。

 多治見市の岐阜県現代陶芸美術館の高橋秀治館長は「(パブリックアートは)つくって終わりじゃなくて、将来像を考えて計画することが必要だ。設置した行政が価値を高めていく努力を続けないと、魅力的なまちだとは言えなくなってしまう」と指摘する。

 美術評論家でパブリックアートに詳しい名古屋造形大学の高橋綾子教授は「当時はそれなりの熱意とお金を投じ、陶器の街のアイデンティティーとして現代陶芸を設置したはず。過去の事業だから担当外というのではなく、コミュニティーの文化資源として、これからどうしていくかという議論をしていくべきだ」と提言した。