原子核物理学者で、東京大学総長や文部相・科学技術庁長官を務めた有馬朗人(ありま・あきと)さんが7日、死去した。90歳だった。

 1930年、大阪市生まれ。東大で物理学に取り組み、原子核の磁気的性質を説明する「有馬・堀江理論」で注目された。東大教授、理学部長などを経て、1989~93年には東大総長。

 退官後は理化学研究所理事長や中央教育審議会の会長を歴任。中教審では、完全学校週5日制を前提とした教育像を盛り込んだ答申をまとめるなどした。

 自民党からの求めに応じ、98年の参院選に立候補。比例名簿1位で当選し、直後に小渕恵三内閣の文相に就任した。99年からは科学技術庁長官も兼任した。在任中は国立大学の法人化に道筋をつけたほか、授業内容を大幅に削減した「ゆとり教育」の学習指導要領を告示した。

 参院議員は1期で引退し、その後は母校・武蔵高校を運営する武蔵学園(東京都)の学園長や静岡文化芸術大理事長などを務めた。

 俳人でもあり、東大在学中は山口青邨(せいそん)に師事。「天為俳句会」を主宰し、俳句の国際交流や、ユネスコ(国連教育科学文化機関)無形文化遺産登録をめざす活動にも力を尽くした。

 78年に仁科記念賞、93年に日本学士院賞、2010年に文化勲章、18年に蛇笏(だこつ)賞を受けた。

 関係者によると、7日午前、都内の住まいで倒れているのが見つかり、その後、死亡が確認されたという。