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 京都の名勝で、庭園を手入れしているトンガ人がいる。嘉永元(1848)年創業の植彌(うえや)加藤造園(京都市左京区)の庭師、シアレ・パサさん(34)。楕円(だえん)形のボールを造園道具に持ち替えて、「祖国で日本庭園を広めたい」と、修業を続ける日々だ。

 明治時代に総理を務めた山県有朋の別荘だった国名勝の庭園「無鄰菴(むりんあん)」(同市左京区)。紅葉がピークを迎えた11月下旬、法被姿のパサさんが、芝生に落ちたモミジの葉を手ぼうきで丹念に集めていた。落ちたばかりでしわが少ない葉は、より分けて残す。「モミジは落ちてもきれい。すべて除いてしまうと、秋らしさがなくなってしまう」。流暢(りゅうちょう)な日本語でこう語る。

 パサさんは1986年、日本から約8千キロ離れた南太平洋の島国トンガの首都ヌクアロファで生まれた。ラグビーが盛んで、物心がついたころから友人とボールを追いかける日々。学生時代、チームでも屈強な選手が選ばれるフォワードの一員として、全国大会で決勝まで勝ち進んだことも。

 転機は2005年。トンガに視察に来た花園大学(同市中京区)ラグビー部の江森隆史監督(49)の目に留まった。「体が大きく、運動量が豊富。パワーもある」。実直でまじめな性格も評価され、「ぜひうちに。寺がいっぱいあり、日本の文化も味わえる」とスカウトされた。家業の電器店を継ぐ予定だったが、両親に「お前が選ぶ道」と背中を押され、06年に来日した。

 寮は妙心寺(同市右京区)の北門そば。境内を通って大学へ。座禅の授業では「足をけがして曲げられない」とうそをついたこともあったが、初めて仏教の教えに触れた。身長185センチ、体重100キロの体格を生かして1年目からレギュラーとして活躍する傍ら、日本語の専門学校に通い、京都の街にも親しんだ。

「造園に興味はなかった。でも」

 しかし国内ラグビーの最高峰、…

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