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 元高校教諭の村瀬幸浩(ゆきひろ)さん(79)は、その半生を性教育にかけてきました。かつての自分は性について無知で「思いやりのない夫」だったかも……。その反省が出発点です。「多様性」がテーマになった1990年代、そして2000年代の「性教育バッシング」を経て、いま思うことは。

 私は中高6年間が男子校で、性教育をまともに受けた記憶がありません。学ぶ機会がないから「白紙」というわけでは決してなく、偏見の「色」にまみれていました。情報源は男同士の猥談(わいだん)や、父親の部屋で見つけたエロ本です。思えば惨めなものでした。日本では長らく、女性には抑圧的に管理する「純潔教育」がなされる一方で、男性は枠外におかれてきました。

 大学時代から付き合っていた妻と、23歳で結婚。同居し始めると、私の性への無理解が一気に露呈しました。月経痛が重くて起き上がれない妻に、「さぼっているんじゃない?」と冷たい視線を送る。月経がもたらす体の痛みや不調を、まるで理解していなかった。妻の目には、思いやりのない夫と映っていたでしょう。次第に気持ちのズレが気になっていきました。

 ギクシャクし始めた関係を、少しでも心地良くしたい。その一心で、性に関する専門書を読みあさりました。学びを深めるうち、自分の女性観やセックス観が、いかに科学的な根拠のない自己中心的なものだったか思い知りました。本だけでは分からないことは、妻に教えを請いました。こうした対話を重ねつつ、徐々に心の通った夫婦関係へと変わっていきました。

「多様性」が大事なテーマに

 私立和光高校で保健体育の教諭をしながら、生徒たちが少しでも早くから性について学んで育つことが重要だと思い、性教育に本腰を入れ始めました。教育関係の仲間たちと学びあう場所をつくりたいと、1982年には今の一般社団法人「“人間と性”教育研究協議会」(性教協)を立ち上げます。その後、一橋大や津田塾大などで講師を務めました。

 大学で教え始めた90年代ごろからは、「多様性」が大事なテーマの一つになっていきます。いわゆる性的少数者の方との出会いが、私の考えを改めてくれました。

 性教協で知り合ったゲイ男性に…

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