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 宮崎駿監督、高畑勲監督らと共に、スタジオジブリから数々の名作アニメを世に送り出してきたプロデューサー・鈴木敏夫さん。しかし、大学卒業を控えた時期には「学校の先生か大学院へ」という道を真剣に考えていたという。そんな鈴木さんの決意を翻させた、親友の決定的な一言とは――。

すずき・としお 1948年生まれ。72年、徳間書店に入社。85年、スタジオジブリ設立に参加し、89年から専従。30日午後7時半からNHK総合で、宮崎吾朗監督のジブリ最新アニメ「アーヤと魔女」が放映予定。

 鈴木さんを10年以上取材してきたが、その仕事ぶりは、「即断即決」という印象が強い。

 だが、約50年前の1971年、慶応大文学部4年生の夏には、迷いのただ中にいた。

世間の荒波にもまれながら

 大学入学後、時代の渦に巻き込まれるように学生運動に本格的にかかわった。しかし、参加する学生たちに「自己批判」にとどまらず「自己否定」まで求める重苦しさや、「学生のリーダーの背後には大人のプロ活動家がいる」という実態に疑問を抱き、途中から距離を置いた。

 挫折感から逃れるように、競輪場の警備員や明治神宮の団子屋さんなど、三十数種類ものアルバイトを経験し、朝から晩まで働いた。「革命」を目指した先輩や仲間たちは、手のひらを返すように企業への就職を決めていったが、同調する気にはなれない。

 「教員免許を取得するか、大学院に進学するか」。そんな計画を同じ学部の友人、大島寛士さんに打ち明けるとこう叱咤(しった)された。

 「お前は実人生から降りる…

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