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記者コラム「多事奏論」 論説委員・郷富佐子

 ノーベル平和賞に、「失敗」はあっていいのか?

 昨年の受賞者であるエチオピアのアビー・アハメド・アリ首相への批判が高まっている。隣国エリトリアとの国境紛争で和平合意したことが評価されたが、わずか1年後の先月、今度はエチオピア国内で軍事衝突が始まった。多数の死傷者や難民が出ており、少数民族勢力への掃討作戦を命じたアビー首相は非難を免れないと思う。

 だが、120年近く続いてきたノーベル平和賞受賞者の顔ぶれをみると、その時々の国際政治の理想と現実が凝縮しているのがわかる。選ぶ側の限界はあるし、授与後の受賞者の行動を保証するものでもない。

 2014年末まで25年間、ノルウェー・ノーベル委員会事務局長を務めたゲイル・ルンデスタッド氏は、回顧録で「平和賞が実際に国際政治の状況を変えることができるのはまれである」と率直に記している。

 平和賞の選考をつぶさに見てきた彼が「最も良い例」に挙げたのは、1996年。受賞者は、東南アジアの東ティモール紛争で住民の抵抗運動を支えたラモス・ホルタ氏とカルロス・ベロ司教だった。

 東ティモールは、国際報道の記者として私が初めて取材した紛争地だ。1999年のことである。

 ポルトガルの植民地からインド…

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