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 つかみかけていた丸山城志郎(27)の東京オリンピック(五輪)への道は、阿部一二三(23)との決戦に敗れ、ついえた。

 13日にあった柔道男子66キロ級の東京五輪代表決定戦。手数で押され気味だった丸山は、延長8分過ぎから主導権を握った。母校・天理大の穴井隆将監督(36)から「持ったらいけ。勝負しかねーぞ」と、げきが飛ぶ。これまであまり見せていなかった左の背負い投げをまき餌に、得意の内股で阿部に重圧をかけた。

 丸山を幼い頃から指導してきた父の顕志(けんじ)さん(55)の読み通りの展開だった。

 「最初の4分間は辛抱強く耐えて、スタミナ勝負で勝機を探っていく。城志郎が勝つなら、その戦い方でしょう」

オリンピアンの父の喝は実らず

 自身は1992年バルセロナ五輪男子65キロ級で7位。「城志郎が得意の内股で阿部君を投げるのは相当に難しい」と相手の実力を認めた上で、父子2代の五輪出場を「ぜひ達成してほしい」と願っていた。

 顕志さんはこの春、息子の稽古を久々に生で見て、厳しく叱ったという。「練習に緻密(ちみつ)さがなかった。昨年の夏に世界選手権で優勝した時のような闘志も感じなかった」と明かす。父子の得意技は、ともに内股。それだけに不安がよぎった。「内股は片足になる。阿部君が得意な担ぎ技は両足が地面についているから、どうしても城志郎は不利になる。柔道の視点で見れば分が悪い。城志郎は心技体が整っていなければ勝てないわけです」

 ただ、丸山には、ともえ投げというもう一つの武器がある。丸山はこの捨て身技で、何度も阿部を苦しめてきた。顕志さんは「一発勝負で、『指導』での決着にはならない。必ず技での決着になる。阿部君が内股を警戒して腰を引いてくれれば、城志郎の捨て身技は効くかもしれない」とも語っていた。

 勝機が見えたのは、延長17分過ぎだった。飛び込んできた相手を利用して、肩車を仕掛けた。相手に警戒されていたともえ投げを事前に見せた上での一撃だったが、技の入りが浅かった。

「全てを出し切ることができた」

 丸山は敗戦後、「結果は負けたけど、自分のやってきたことはすべて出し切ることができたと思う」と目を潤ませた。「阿部選手の存在があったから、ここまで追い込むことができた」と相手に敬意も示した。ただ「勝負の世界は結果がすべて。恩返しできずに申し訳ありません、というしかない」という言葉には悔しさがにじんだ。

 この日の前までの対戦成績は丸山の4勝3敗。昨年の世界選手権でも勝利を収め、五輪代表の座は目前だった。背筋をピンと伸ばす特徴的な立ち姿で阿部を追い詰めたが、この日は獣のように前傾で出てくる阿部の勢いをいなし切ることはできなかった。

 ビデオ確認に持ち込まれた決着の場面。「投げられた感覚があった」と認めた。最後は「僕の柔道人生は終わっていない。あきらめず、前を向いて強くなりたい」と潔く語った。(波戸健一、野村周平)