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 新型コロナウイルスの感染拡大は人々の暮らしを大きく変えました。医療従事者、夜の街で働く人たち、インバウンドが消えたゲストハウス、東京五輪、パラリンピックが延期になった選手、厳しい状況の外国人留学生……。色々な立場の人たちを訪ね、コロナ禍に見舞われた「私たち」の2020年を伝えます。

拡大する写真・図版赤いパイロン3個を宙に放り上げる豪快な「ジャグリング」を披露する「大道芸人オマールえび」こと鈴村仁志さん=瀬戸口翼撮影

 「声援ではなく、拍手で応援、お願いします!」

 今月6日、名古屋市緑区の大高緑地で、大道芸人「オマールえび」こと鈴村仁志さん(47)が、赤いパイロン3個を宙に放り上げる豪快な「ジャグリング」を披露すると、観客からは大きな拍手が起きた。「やっと帰ってこられた、ただいま」という思いに満たされる。

拡大する写真・図版赤いパイロンを使った芸を披露する大道芸人「オマールえび」こと鈴村仁志さん=瀬戸口翼撮影

 「浮き沈みのある仕事だと覚悟しているが、これほどの困難は想像もしなかった」。緊急事態宣言で仕事は一時はゼロになった。10月ごろから少しずつ持ち直してきた矢先に「第3波」が襲来。予定されていた幼稚園のクリスマス会や忘年会などの公演は軒並みキャンセルになった。「仕事は例年の4分の1ほど」に落ち込んでいる。

拡大する写真・図版芸を披露する大道芸人「オマールえび」こと鈴村仁志さん=瀬戸口翼撮影

 鈴村さんが大道芸と出会ったのは28歳。当時岐阜県恵那市職員として配属先の文化センターで「バルーンアート講座」を担当したのがきっかけだ。バルーンアートとジャグリングを始め、公務員と大道芸人の「二足のわらじ」で活動していた。転機は2018年3月。「このままゆるく仕事と大道芸を続けるのは市民にもお客さんにも不誠実だ。辞めるなら市役所の方しかない」と退職を決意。周囲の心配する声をよそに、45歳にしてプロの大道芸人として歩み始めた。

 図書館勤務の経験もいかして、絵本の読み聞かせと大道芸を組み合わせた芸を武器に活動の場を広げた。プロ3年目を迎えて「弾みをつける年」と意気込んでいたところにコロナ禍が直撃した。

拡大する写真・図版芸を披露する大道芸人「オマールえび」こと鈴村仁志さん=瀬戸口翼撮影

 自粛期間中は、芸人仲間と「無観客大道芸」と称し、収益化にはほど遠いが、オンライン発信も始めた。「悲観するだけではなく、何か出来ることはないかと考えた。休校中の子どもたちに楽しんでもらいたかった」

 以前、大病を患った年配女性から届いた手紙の言葉を胸に活動を続ける。「元気をもらいました。これからもずっと大道芸を続けてください――」

 「リアルな芸を通じて見ている人たちを笑顔にしたい。困難なコロナ禍の中でも、そんな時間や場所を守っていきたいです」

拡大する写真・図版赤いパイロン3個を宙に放り上げる豪快な「ジャグリング」を披露する大道芸人「オマールえび」こと鈴村仁志さん=瀬戸口翼撮影

 鈴村さんは大道芸人としての活動の傍ら、社会貢献活動を目的にNPO法人「中部大道芸ネットワーク」(岐阜県各務原市)の理事長として、子ども食堂に大道芸人を派遣する支援活動などにも取り組んでいる。(瀬戸口翼)

拡大する写真・図版芸を披露する大道芸人「オマールえび」こと鈴村仁志さん=瀬戸口翼撮影

【動画】新型コロナウイルスが人々の生活の姿を変えた2020年。国内の動きを映像で振り返る