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 1988年、金沢市内の小学生が被爆者の体験談を聞いて紙芝居を作った。作品は完成直後に上演されたきり長らく埋もれたままだったが、昨年、被爆体験の風化に危機感を覚えた有志がその存在に再び光を当てた。「紙芝居が被爆体験を語り継いでほしい」。再編集してよみがえらせた作品「戦いはまだ終わらない」に、そんな願いを込める。

 「お母さん、火が近づいてくるよ!」

 「はよう逃げんさい」

 今月3日、金沢市内であった完成発表会。有志の一人で最年少の大田健志さん(28)が力を込めて紙芝居の一部を読み上げた。16歳の少年が、原爆投下で炎に包まれる自宅に母を残して逃げる場面だ。

 少年は、今年9月に91歳で亡くなった被爆者の岩佐幹三(みきそう)さん。16歳の時、広島市内の自宅の庭で被爆し、母と妹を亡くした。戦後、金沢大学の教員となり、石川県原爆被災者友の会を設立したことでも知られる。

 岩佐さんは88年、金沢市立十一屋小の教諭で、後に「いのちの教育」で知られる金森俊朗さんに招かれ、6年生たちに被爆体験を語った。2日に分けて5時間に及んだ岩佐さんの話を元に、児童は48枚の絵と台本から成る紙芝居を作った。

 だが、金森さんの教員仲間の川崎正美さん(65)によると、一度上演されたのみで埋もれていたという。

 再び光が当たったのは2019年秋。金沢・卯辰山の原爆犠牲者追悼碑「平和の子ら」を題材にしたCDを制作した川崎さんら有志が、被爆者が高齢化する中、「原爆を語り継ぐ方法はないか」と考えていたとき、金森学級の紙芝居を思い出したという。

 病床の金森さんに賛同してもらい、さっそく制作を開始。千葉県に移り住んでいた岩佐さんも訪ねて、改めて聞き取りをした。

 岩佐さんは「日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)」の代表委員も務め、米国のオバマ大統領の広島訪問に立ち会うなど、全国的な被爆者運動に関わった。紙芝居には、そうした後半生の部分も加筆した。一方で、子どもが鑑賞することを念頭に、紙芝居自体は被爆体験編17枚、戦後・被爆者運動編9枚と短くした。戦時中の難しい言葉には説明を補った。

 だが、制作中の今年3月に金森さん(享年73歳)が、9月に岩佐さんが相次いで亡くなった。新型コロナウイルスの感染拡大も制作を遅らせた結果、完成したのは11月。有志の一人で、岩佐さんの立ち上げた友の会の会長、西本多美子さん(80)は「岩佐さんの存命中に間に合わなくて残念でならない」と振り返る。

 西本さんは4歳のとき、広島で被爆した。「記憶が残る最年少の世代の私ももう80歳。その体験だって、当時は4歳だったので2、3分しか語れない」と被爆体験の風化に危機感を覚えているだけに、紙芝居の完成は感慨深い。「被爆者がいなくなっても、紙芝居が残って語ってくれるはず」

 価格2千円。注文は川崎さんがメール(dgs-kawa@asagaotv.ne.jp)で受け付けている。(波多野陽)