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 京都大病院(京都市左京区)構内での発掘調査で見つかった12世紀初めごろの土器に和歌が墨書されていたことがわかった。京大大学院文学研究科付属文化遺産学・人文知連携センターが15日、発表した。「古今和歌集」の一首の可能性が高いという。12世紀の和歌墨書土器が見つかるのは初めて。専門家は、儀式で書かれた可能性もあるとみている。

 土器は、口径約9センチの土師器(はじき)小皿の破片3点。表と裏に様々な墨文字が見つかり、破片をつなぎ合わせると「こゝろのゆ■」「をらぬひそ■き」(■は判別不能)という平仮名の文字列が表面に確認された。

 平安前期の歌人で三十六歌仙の一人、凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)が詠んだ「山高み雲居に見ゆる桜花心のゆきて折らぬ日ぞなき」(「山が高いのでまるで空にあるような桜花。手は届かないが、心がそこに行って思う存分に折り取らない日はない」という意味)の下の句の可能性が高いという。この歌は、平安前期に編まれた最初の勅撰(ちょくせん)和歌集「古今和歌集」に収められている。

 センターによると、9~10世紀(平安前・中期)の和歌墨書土器は各地で見つかっているが、12世紀(平安後期)のものは初めて。

 現場は病院の南東部。駐車場整備に伴う20年前の調査で井戸跡から出土した土器を、昨年からセンターなどの研究者らが赤外線機器などで調べていた。12世紀に院政の拠点だった白河という地域にあたり、皇族や貴族の邸宅跡の可能性が高いという。

 センターの笹川尚紀助教(日本古代史)は「平安時代後期の和歌文化の様相を考える上で貴重な材料となる」と話す。和歌が土器に書かれた理由などの解明は今後の検討課題という。

 鈴木景二・富山大教授(日本古代史)は「古今和歌集の歌が12世紀初めごろ、どう利用されていたかが分かる貴重な資料だ。きれいな字で書かれているように見え、何らかの儀式できちんと書かれた可能性もある」と話している。(小林正典)