拡大する写真・図版大桑城跡で確認された巨石(2020年12月11日午後1時57分、岐阜県山県市教育委員会提供)

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 美濃国の守護・土岐氏が16世紀前半に拠点にした大桑城跡(岐阜県山県市)で、城門とされる場所から高さ2メートルの巨石などを使った石垣跡が確認された。巨石を配した織田信長の居館跡(岐阜市)に先行して大規模な造成をしたことを示し、発掘した市教育委員会の担当者は「守護の拠点にふさわしい城づくりをしていた」と話す。

 石垣跡は18~20日(午前10時~午後3時)に公開され、年内に埋め戻される。

 大桑城は古城山(407・5メートル)にある山城で、城下町と合わせた規模は当時の美濃国で最大級とされる。1535(天文4)年に土岐頼芸が移転し、43年に斎藤道三に攻められて落城した。市内に残る絵図に「岩門」と記された場所があり、山腹に巨石が露出していたため、市教委が10月から周辺の約80平方メートルを発掘した。

 石垣跡は長さ約7・6メートルで、高さ90センチ~2メートルの巨石5個を使用。山腹にコの字型に石を配した形で、高さ60センチ~1メートルの石の列(長さ3・3メートル)や、3~4段積みの石垣(長さ約8・2メートル)も見つかった。

拡大する写真・図版大桑城跡で確認された石垣=岐阜県山県市教育委員会提供

 調査では中国製の磁器の破片なども出土し、1567年以降に築かれたとされる信長の居館跡よりも、早い時期に造成されたことが裏付けられたという。

 市文化財調査室の高木晃室長は「大河ドラマ『麒麟(きりん)がくる』で道三のあやつり人形のような弱い守護として描かれた土岐氏だが、イメージを覆す発見」と話す。市は大桑城跡の国史跡への指定をめざし、来年度も調査を続ける。(高木文子)

滋賀県立大の中井均教授(日本城郭史)の話

 同時代で城の出入り口に巨石を用いた例は、一乗谷朝倉氏遺跡(福井市)などが知られる。土岐氏は交流が深かった越前の技術を導入し、城門に巨大な石を用いることで訪れた者に権威を見せつけようとしたのではないか。