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 新型コロナウイルスの感染拡大は人々の暮らしを大きく変えました。医療従事者、夜の街で働く人たち、インバウンドが消えたゲストハウス、東京五輪、パラリンピックが延期になった選手、厳しい状況の外国人留学生……。色々な立場の人たちを訪ね、コロナ禍に見舞われた「私たち」の2020年を伝えます。

 窓越しに、妻の手に手を重ねる。「お母さん、お父さんですよ」。大阪府吹田市の吉田晋悟さん(77)が静かに語りかける。妻は視線を泳がせながら「ん、んん」と口ずさみ、吉田さんは「うん、うん」とうなずいた。

拡大する写真・図版妻の手に、窓越しに手を重ねる=2020年12月10日、大阪府吹田市、川村直子撮影

 新型コロナウイルスの感染拡大で、老人介護施設の多くが面会に制限を設けている。吉田さんが、認知症の妻、多美子さん(78)と会えなくなったのは2月。7月、面会は施設の内と外、窓を隔てた形で再開された。

 「不安やった。でも会えない間に家内の内面に触れることができたんです」。5カ月間をそう振り返る。

拡大する写真・図版妻の暮らす施設に毎日通えるよう、引っ越した家の壁には、妻の笑顔の写真をたくさん飾っている=2020年12月10日、大阪府吹田市、川村直子撮影

 多美子さんが施設に入って5年になる。日課だった面会が途絶え、吉田さんは初めて妻の日記をひもといた。病が進み次第に乱れていく文字で、認知症を受け入れようとする葛藤や家族への思い、たくさんの感謝がつづられていた。「一途さや心の清らかさが伝わってきて、あぁ、彼女はそうやった、って思い返して」。

拡大する写真・図版多美子さんがノートに記していた言葉。「ごめんね」「たすけて」とともに「感謝」がつづられていた=2020年12月10日、大阪府吹田市、川村直子撮影

 妻が認知症になってから、手をつないで歩き、妻を見つめるようになった。「ずっと一緒にいよう」。以前なら照れて口にしなかった言葉も伝えるようになった。

 「認知症もコロナも苦難やけど、苦難すなわち不幸ではないよね」と吉田さんは言う。病で夫婦はより近づいた。コロナ禍でも心は寄り添うことができる。「せっかく結婚したんやから、夫婦を楽しみたい。理想の夫婦関係を追い求めている最中なんですわ」

拡大する写真・図版「おかあさん だいすき」と書いた紙を手にする吉田さん。窓越し面会を始めてから、拡大した写真や言葉を記した画用紙を持って行くようになった=2020年12月10日、大阪府吹田市、川村直子撮影

 8年ほど前から、吉田さんはフェイスブックに妻との生活をつづっている。

 多美子さんはアルツハイマー型認知症と診断されてすぐの頃、認知症の人同士が語り合う「本人会議」に参加した。記者会見にも応じ、私が誰かの役に立つなら、と日頃から口にしていた。

拡大する写真・図版認知症が進行していく妻に「いつまでも仲良う一緒に」と吉田さんが言うと「こんな私でええのん? こんな私ですけど、よろしくお願いします」と返ってきた。改めてのプロポーズ。指にはめられなくても、置いておくだけでも、と吉田さんは指輪を贈った。夫婦の大切な思い出が、部屋のあちこちで息づいている=2020年12月10日、大阪府吹田市、川村直子撮影

 「もう言葉が出ないけれど、彼女は存在を見せることで発信している。だから二人で一緒に投稿している気持ちです」。そう吉田さんは言う。

 「妻と私」。二人を記すとき、妻を必ず先に書く。自己中心的な文章になっていないか、多くの人に届く内容か推敲(すいこう)する。

 妻の信頼に足る自分でありたい。日記を通して妻の心に触れ、ある時、ふと気づいた。「忘れていく病気の家内に対して、忘れないでほしい、と私のほうが願うなんて、家内にはどんなに負担やったやろう」

 コロナ禍が去り、二人でゆっくりと散歩ができるようになったら、吉田さんは伝えたい。「お母さん。安心して、忘れてもいいですよ。私があなたを覚えていますから」(川村直子)

拡大する写真・図版窓越しに目が合う。「今日は『お父さん』と呼んでくれた気がします」=2020年12月10日、大阪府吹田市、川村直子撮影

【動画】新型コロナウイルスが人々の生活の姿を変えた2020年。国内の動きを映像で振り返る