• アピタル

第8回「私があなたを覚えています」会えなくなった認知症の妻

新型コロナウイルス

川村直子
[PR]

 新型コロナウイルスの感染拡大は人々の暮らしを大きく変えました。医療従事者、夜の街で働く人たち、インバウンドが消えたゲストハウス、東京五輪パラリンピックが延期になった選手、厳しい状況の外国人留学生……。色々な立場の人たちを訪ね、コロナ禍に見舞われた「私たち」の2020年を伝えます。

 窓越しに、妻の手に手を重ねる。「お母さん、お父さんですよ」。大阪府吹田市の吉田晋悟さん(77)が静かに語りかける。妻は視線を泳がせながら「ん、んん」と口ずさみ、吉田さんは「うん、うん」とうなずいた。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、老人介護施設の多くが面会に制限を設けている。吉田さんが、認知症の妻、多美子さん(78)と会えなくなったのは2月。7月、面会は施設の内と外、窓を隔てた形で再開された。

 「不安やった。でも会えない間に家内の内面に触れることができたんです」。5カ月間をそう振り返る。

 多美子さんが施設に入って5年になる。日課だった面会が途絶え、吉田さんは初めて妻の日記をひもといた。病が進み次第に乱れていく文字で、認知症を受け入れようとする葛藤や家族への思い、たくさんの感謝がつづられていた。「一途さや心の清らかさが伝わってきて、あぁ、彼女はそうやった、って思い返して」。

 妻が認知症になってから、手をつないで歩き、妻を見つめるようになった。「ずっと一緒にいよう」。以前なら照れて口にしなかった言葉も伝えるようになった。

 「認知症もコロナも苦難やけど、苦難すなわち不幸ではないよね」と吉田さんは言う。病で夫婦はより近づいた。コロナ禍でも心は寄り添うことができる。「せっかく結婚したんやから、夫婦を楽しみたい。理想の夫婦関係を追い求めている最中なんですわ」

 8年ほど前から、吉田さんはフェイスブックに妻との生活をつづっている。

 多美子さんはアルツハイマー型認知症と診断されてすぐの頃、認知症の人同士が語り合う「本人会議」に参加した。記者会見にも応じ、私が誰かの役に立つなら、と日頃から口にしていた。

 「もう言葉が出ないけれど、彼女は存在を見せることで発信している。だから二人で一緒に投稿している気持ちです」。そう吉田さんは言う。

 「妻と私」。二人を記すとき、妻を必ず先に書く。自己中心的な文章になっていないか、多くの人に届く内容か推敲(すいこう)する。

 妻の信頼に足る自分でありたい。日記を通して妻の心に触れ、ある時、ふと気づいた。「忘れていく病気の家内に対して、忘れないでほしい、と私のほうが願うなんて、家内にはどんなに負担やったやろう」

 コロナ禍が去り、二人でゆっくりと散歩ができるようになったら、吉田さんは伝えたい。「お母さん。安心して、忘れてもいいですよ。私があなたを覚えていますから」(川村直子)

【動画】新型コロナウイルスが人々の生活の姿を変えた2020年。国内の動きを映像で振り返る

新型コロナウイルス最新情報

新型コロナウイルス最新情報

最新ニュースや感染状況、地域別ニュース、予防方法などの生活情報はこちらから。[記事一覧へ]