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 島根ならば「田んぼでどじょう」は有名だが、「田んぼで金魚」はどうだろう。出雲市多伎町で、休耕田を生かして金魚を育て、出荷に取り組んでいる男性がいる。「ふるさとで、好きなことを仕事に」。東京からUターンして4年。ようやく事業は軌道に乗り始めた。

 「同じ種類でも柄やしっぽの形、体形の違いで、人気に差が出てきます」。山田真嗣さん(37)がリュウキンというぷっくりと丸い形の金魚を見せてくれた。多伎町の山あいにある休耕田だった6枚分の田んぼ(約4千平方メートル)。稲作に使っていた川の水をそのまま引き入れ、約2万匹を育てている。

 「昔からずっと金魚が好きだった」。出雲市駅の近くで生まれ育ち、東京水産大学(現東京海洋大)に進学。就職先は、「日本で一番金魚が見られる」だろうと、金魚を卸す東京の問屋に。

 しかし両親からは島根に帰ってきてほしいと言われていた。「地元に戻って好きなことをなりわいにするにはどうしたら?」。山田さんは大学時代からずっと考え続けていた。

 ビジネスプランコンテストに応募したり、エビの養殖の企画を練ってみたり……。最後にたどり着いたのが、地元で休耕田を借り、自分で金魚を育てることだった。

 8年半勤めた問屋を退職。都市部から過疎地などに移り住み地域の活動に取り組む「地域おこし協力隊」に、出雲市多伎町での募集があったことから、2016年10月に参加した。

 地域活性化のためのフォトコンテスト企画や特産のイチジクの新メニューを考えるといった協力隊の仕事をしながら、貸してもらえる休耕田を探した。半年後には金魚づくりを協力隊の産業振興の事業として提案し、本格的に取り組み始めた。

 最初の年は水田の中に雑草が伸びたり、水生昆虫に金魚が食べられたりした。試行錯誤の末、黒字にはほど遠いが3年目には数十万円のまとまった売り上げを上げることができた。3年間という協力隊の活動期間を終え、独立した。

 以前の勤め先の問屋が出荷先になっている。今年は飼育数を増やすため、さらに8枚の休耕田(約8千平方メートル)を借りた。伸びきった草を刈り、埋まった水路を通すなど、1人で整備を進めている最中だ。

 5人家族の山田さんは出雲で長男と長女を育てているが、妻は東京で働きながら末の次女と暮らす。家族全員で出雲で暮らすことを目標に、2人を呼び寄せられるほどの収入を上げようと奮闘中だ。

 両親の希望から戻ってきたふるさとだったが、大好きなことを仕事にできて「最高に幸せ」と言い切る。休耕田を地域資源として考え、いつかこの金魚づくりを多伎町の産業に成長させたいとも思い描く。養殖池を広げたら、飼育する種類も増やしたい。ふるさとで金魚と生きる未来が楽しみで仕方がない。(榊原織和)