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 今年はどんな年だったのかと問われれば、誰もがコロナ禍の年、と答えるだろう。だが個人的には、「科学と政治の関係」が耳目を集めた年であったとも感じている。

 まずもって感染症への対応が典型例だが、専門家の発言と政策決定の関係が分かりづらく、人々は次々とメディアで語られる「専門用語のようなもの」に聞き耳を立てた。同様の混乱は、直近では「Go To」をめぐる判断でも再燃している。

 またこれは日本だけの問題ではない。たとえば米国大統領が科学者の助言と整合的でない発言を繰り返したことも批判された。さらにコロナ問題のみならず、日本学術会議の会員任命拒否の件も、本質的には科学と政治の関係についての問題だ。

 そこで今月は、今年のまとめとして、ここを掘り下げてみたい。

 近代科学の登場により、人々の世界観が大きく変わったことは、広く知られている。しかし、かなり長い間、科学が直接社会に影響を与えることはなかった。

 初期の科学は、一風変わったことに関心を持つ、要するに「同好の士」の集まりによって担われていた。明らかにされた知識も、基本的には狭いサークルの中で吟味されるだけである。産業革命などにも、科学は実質的な寄与をしていない。

変化が起きた20世紀初頭の米国 

 科学が本当の意味で社会の中に入ってくるのは、それが技術と結びつき、産業や国家に力を与えるようになってからだ。その全面的な展開は20世紀初頭の米国に始まったと考えてよかろう。そして、この時にはじめて、科学は政治と直接的な関係性を持つようになる。

 その最初の「型」となったのが、第2次世界大戦における、あの「マンハッタン計画」だ。実はここで原爆開発をリードしたのは、むしろ科学者の側であった。この体制を整備したのが、MITの副学長も務めた電気工学者、ブッシュである。

 政府と関係が深かった彼は、米国が戦争に勝利するためという名目で、莫大(ばくだい)な国家予算を科学者に流す仕組みを「発明」した。そして原爆開発の「成功」を奇貨として、戦後も引き続き潤沢な研究費が科学者に流れるよう、政治の側に強く働きかけ、実現したのである。

 その時に彼が用意した有名な理屈に「リニアモデル」というものがある。これは、基礎研究に投資することで、応用、開発、生産へと、直線的に進むという、ある意味で単純な考え方である。

 さて、科学と政治の関係において特に重要なのは、科学者が政治に対して助言をするという側面である。これには「科学のための政策」と「政策のための科学」の両面がある。

 前者はたとえば、人工衛星「ス…

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