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 プロ野球広島の森下暢仁(まさと)が17日にあった「NPB AWARDS(アワーズ)」(総合表彰式)で新人王に選ばれた。10勝(3敗)を挙げ、セ・リーグ2位の防御率1・91、同3位の124奪三振……。抜きんでた活躍をするルーキーの足跡をたどりたくて、2人の指導者に話を聞いた。

 「もともとは野手としてプロに行って欲しいと思っていた」。そう振り返るのは大分商高の渡辺正雄監督(48)だ。1学年上に笠谷(かさや)俊介(23)=現ソフトバンク=という絶対的なエースがいたこともあり、高2まで森下は主に野手だった。

 2年の夏前の練習が転機になる。遊撃でノックを受けていた森下の一塁への送球が「地をはうようなものだった」と監督。驚いて声をかけると、「指がボールに合うようになってきました」。投手としての可能性に気づかされた瞬間だった。新チームから本格的に投手をさせると、秋に慶応高(神奈川)との練習試合で1安打完封した。「覚醒した。エースになれる」。確信した。

 高2で120キロ台だった球速は3年春には148キロを計測。森下のためにと強豪校との練習試合を積極的に組んだ。6月には小笠原慎之介(現中日)らの好投手を擁する東海大相模高(神奈川)と戦った。

 小笠原らを目的に集まっていたプロのスカウトの前で、2カ月後に夏の甲子園を制することになる東海大相模を相手に、森下は10三振を奪って2失点で完投し、一気に名を広めた。甲子園出場こそならなかったが、高校日本代表にも選ばれた。

 「ボールにまっすぐ指をかけてそのまま投げ下ろせるからスピンの利いた球がいく。野手をする中で回転をかけるタイミングを身につけたのだろう。ただ、それは誰もが感じ取れるものではない」。渡辺監督はそう語る。

 森下は高卒でのプロ入りを希望していたという。待ったをかけたのが、明大の善波(よしなみ)達也前監督(58)だ。「伸びしろとちょっとの自信のなさ。戦力としてももちろんだが、大学でもっと成長できるし、そうすればプロでいいスタートが切れると思った」。6度も足を運び、翻意させた。

 大学3年までの成績は9勝8敗。大事なところで打たれるもろさがあった。最終学年を前に、再び転機が訪れた。主将の有力候補だった選手がけがで離脱し、代わりに監督から指名された。2戦先勝方式の春季リーグ最初の立大戦。森下は1戦目に先発し6回4失点して敗れた。試合後ロッカールームに引き揚げ、涙ながらに頭を下げたという。「申し訳ない。明日みんなが勝ってくれたら、3戦目を自分が投げて勝つ」

 その3戦目、森下は1失点で完投勝利を挙げた。「それまでの暢仁は負けてもどこか自分だけのせいではないというところがあった」と監督。この敗戦を契機により強い責任感が芽生えた、と見る。明大はこの春季リーグを制し、38年ぶりに全日本大学選手権で頂点に立った。

 監督は広島に進む教え子と約束を交わしていた。「1位指名がゴールじゃない。新人王をとるまでが、1年目のゴールだよ、と」。普段、冷静な受け答えが多い森下は、新人王に関する質問のときだけは違った。「とりたい」とはっきり言い続けた。

 どんなに優れた選手でも生涯に一度しかつかめない。そんなタイトルを手中におさめられたのは、23歳の青年が出会いにも恵まれたからなのだと思う。(藤田絢子)