讃岐うどん発祥の地、魅力発信 寺社は空海伝承 香川

木下広大、福家司
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 香川県綾川町滝宮(たきのみや)は、「讃岐うどん発祥の地」とされる。その象徴的な施設、道の駅滝宮の「綾川町うどん会館」が、1998年に開設してから初めてリニューアルされた。

 今月13日、道の駅に新たにオープンしたセルフうどん店「さぬきうどんの駅綾川」には、朝から長い列ができていた。運営するのは、県産小麦「さぬきの夢」で作ったうどん技能グランプリで5年連続入賞の実績を持つ高松市の製麺会社「民サ麺業」で、香川隆昭社長は「発祥の地だけにプレッシャーはある」。隣の売店には、県内の製麺業者の商品がずらりと並ぶ。町の担当者も「これだけの品ぞろえは県内でも少ない」と胸を張る。

 「うどんの発祥の地」には諸説あるが、その根拠となるのが、地元の滝宮天満宮に残る伝承だ。

 禰宜(ねぎ)の綾川雅三さん(52)らによると、うどんの原型とされる「はくたく」が伝わったのは、平安時代の9世紀初めごろ。はくたくの作り方を唐で学んだ弘法大師・空海から弟子の智泉(ちせん)が教わり、滝宮で両親に振る舞ったのが始まりと伝えられる。智泉は空海のおいで、空海が再建した寺院「龍燈院」の初代住職となった。

 山梨などの郷土料理「ほうとう」に近い平たい麺で、大豆などで作ったこうじに塩を混ぜた「ひしお」を付けて食べたとされる。その後、近くで生産されたいりこ、しょうゆ、塩などを使い、今のうどんの味付けになっていったと考えられている。

 うどんがこの地に定着したのは、地理的な理由もあるという。一つは、町中心部を流れる綾川の水量が多く、うどんの原料の小麦粉を大量生産するのに欠かせない水車が作りやすかったこと。龍燈院は専用の水路を設け、「寺車」と呼ばれる水車で、製粉を常にできるようにしたという。

 また、滝宮が「金比羅街道」の道中にあったことも大きかった。綾川は江戸時代の水上交通の要衝で、金刀比羅宮を参拝する人たちの宿場町、門前町として栄え、そこでうどんを食べた人が評判を広めたという。

 町内では昔、うどんは家で食べるもので、綾川さんは「私より上の世代はみんなうどんが打てた」。納屋でうどんを打ち、田畑の仕事が一段落した時や、近所の人が集まった時に振る舞っていた。また、うどん店の多くは、製麺所の形態だったという。

 龍燈院は明治時代に焼失したが、滝宮天満宮内の当時の場所には、うどんの由来を書いた看板と記念石碑がある。天満宮ではうどんの絵をあしらったお守りも販売している。

 綾川さんは「発祥の地だからか、うどん巡りのツアーのお客さんも多い。うどんを観光の目玉に、年間を通して人が訪れる町になればありがたい」と話す。(木下広大、福家司)