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 「ねえねえ、おこづかいって月にいくらもらってる?」

 中学や高校時代、よく友だちとそんな話をした。「うちは3千円だよ」という子もいれば、「俺のところは5千円」と自慢げに話す子もいた。大人でもそうだが、子どもにとってもお金の話は盛り上がる。

 話の流れで「仙務くんはいくら?」と聞かれることもあったが、うちに毎月のおこづかいはなかった。友だちに「欲しいものが買えなくて大変だね」と言われても、私は笑いながら「全然そんなことないよ。毎月のおこづかいはないけど、お小遣いをもらえる方法はあるんだ」と返すのだが、みんなはきょとんとしていた。

「100点取ったら100円」

 私には2人の兄がいる。私と違って身体に障がいはない。五体満足だ。兄たちは小さいころからよく祖父母が営んでいた農業を手伝い、そのたびに祖父母からおこづかいをもらっていた。私の両親は、私を含めて兄弟全員におこづかいをくれなかった。両親いわく、「何もしていない人に小遣いをあげる理由はない」という理屈らしい。

 すると、兄たちはおこづかいが欲しいがために、チャンスさえあれば率先して祖父母の手伝いをしていた。一方、私には農業の手伝いができない。もちろん手伝いは大変だろうし、兄たちは「お前みたいに家でゲームしてるほうが楽で良いわ」と言ってきたが、それでも手伝いができて、その対価でお金がもらえる兄たちがとてもうらやましく思えた。

 そんなある日。私が小学校にあがるとき、祖母は私にこう言った。「仙ちゃんには100点取ったら、おばあちゃんが100円をあげる」

 小学生にとっての100円はとても大きい。100円あれば、色々なものが買える。農業の手伝えない私でもその条件なら達成可能だ。それからというもの、私はおこづかいがほしくて勉強を頑張った。低学年のときは、そんなに努力しなくても100点は取れた。でも、高学年、そして中学生にもなると、相当な努力をしないと100点が取れなくなっていった。

 祖母は年齢が上がるにつれて、達成条件のおこづかいをアップしてくれたが、高校生にもなると、半端な努力では100点は取れなくなった。

 だが、祖母は100点でなくても、私が作文コンクールやエッセーコンテストで賞をとったり、学校で生徒会長に選ばれたりすると、それはもうとても喜んでくれた。いつも近所の人に「仙ちゃんは身体は動かないけど、孫の中で一番賢いんだから」と誇らしげに話してくれた。私にも「誰にも負けないぐらい、うんと賢くなってね」とよく言っていた。

優しくも力強い「頑張ったね」

 私が大人になり、本を出版したりテレビに出演したりするときにはこまめにチェックしてくれた。そして、私が何か結果を残すことがあるならば、「すごいすごい。お小遣いをあげよう」と言いながら、私の右手に数枚のお札と、優しくも力強い「頑張ったね」をくれた。「もう自分で働いて稼いんでいるんだから、お小遣いはいらないんだよ」と私が言おうものなら、きっと祖母は不機嫌になったに違いない。

 そんな祖母は六年前にがんで亡くなった。晩年、私は自分で稼いだお金で祖母や祖父にプレゼントをしていた。ただ、当時は起業して数年目。あまりお金はなかったので、高価なものは買ってあげられなかったが、それでも兄たちには恩返しで負けたくない意地があった。

 私は身体障がい者だ。子どものころから、いや、今でもそうだが、周りの人からよく「そんな身体なんだから、そんなに頑張らなくてもいいよ」とか「あなたが働かなくても誰も文句は言わないよ」と言われる。確かにそうかもしれない。

 でも、祖母は障がいがある私に「100点が取れるほどの努力をしたら、いいこともあるんだよ」と伝えてくれていた。世の中では、障がい者は「オンリーワンを目指せばいい」とか、「1番でなくてもいい」と言う人もいるが、私はそうは思わない。「オンリーワン」になりたいのなら、やはり、どんなことでもいいから得意なことで「ナンバーワンになるべき」だと思う。最初からオンリーワンを目指すのではなく、ナンバーワンを目指していくなかで、自分だけのオンリーワンにたどり着くと思うのだ。

 祖母は「100点で100円」から、私に大切なことを教えてくれた。

 ・自分のできることでナンバーワンを目指す大切さ。

 ・得意なことやできることを自分で探す大切さ。

 ・一生懸命に努力して、ナンバーワンを目指す気持ちよさ。

 ・障がい者だから努力しなくていい、なんてことはない。

 そしてなにより、障がい者も努力を続けていれば、世の中に認められるということを。

佐藤仙務

佐藤仙務(さとう・ひさむ)

1991年愛知県生まれ。ウェブ制作会社「仙拓」社長。生まれつき難病の脊髄性筋萎縮症で体の自由が利かない。特別支援学校高等部を卒業した後、19歳で仙拓を設立。講演や執筆などにも注力。著書に「寝たきりだけど社長やってます ―十九歳で社長になった重度障がい者の物語―」(彩図社)など。ユーチューブチャンネル「ひさむちゃん寝る」では動画配信も手がける。