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 外務省が23日に公開した外交文書で、1989年の天安門事件での死者数をめぐる情報が定まらず、中国政府の公式発表を超える数字を推測する記述が散見された。事件当初の混乱ぶりが当時の電報から明らかになった。

 中国共産党は89年6月3日深夜から4日にかけて北京の天安門広場と周辺に軍用車両を投入。抵抗する学生らに銃を乱射するなどして多数の死傷者が出た。

 日本の在中国大使館が6日付で発した「大至急」電報では、この日の中国国務院の内部説明会を中国国営中央テレビ(CCTV)が報じる中で、死傷者数について「300人近く」「大学生の死亡者23人」と述べたことを伝えた。

 だが、15日付の日本側と在中国米大使館書記官との意見交換を伝える電報では、米側が死者数を「約3千人」とみていることを報告。書記官のこんな言葉も記し、事件への衝撃ぶりと中国政府への不信感を伝えた。

 「今回の中国当局がとった措置はまったく予想ができなかった。まるで悪夢のような出来事だった。中国の国際的信用失墜行為は、何十年かかっても回復できないだろう」「米大使館政治部では重要書類の3分の2はすでに焼却済みだ」

 当時、米国は中国の弾圧を強く…

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