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 高松市出身のフリーキャスター、橋谷能理子さんは高校時代の同級生だ。当時から校内で目立つ存在だったが、報道番組「ニュースステーション」のキャスターに抜擢(ばってき)されたときは、同級生の間に衝撃が走った。その後も長く報道番組に出演を続けている。学生時代に言葉を交わしたことはなかったが、テレビ報道のあり方やふるさと高松への思いを聴いてみたかった。(福家司)

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 ――「ニュースステーション」のキャスターになったきっかけは?

 テレビ静岡でアナウンサーをしていたんですが、久米(宏)さんがやるんだ、おもしろそう、と深く考えずに履歴書を送りました。ローカル局から全国ネットの大きな番組に初めて放り込まれ、テレビの面白さ、怖さ、温かさ、冷たさ、全部教わった気がします。

 ――現場の雰囲気はいかがでしたか。

 まさにカオス、鍛錬の場でした。新しく立ち上がった番組でスタッフも余裕がなかったかもしれませんが、反省会も緊張感がありました。放送後、個別にディレクターから厳しく叱られたこともしばしば。でも、そのときに注意された意味がこの歳(とし)になると理解できるという点で、いまとなっては感謝しています。

 ――辞めようとは思わなかったのですか。

 何度もありました。でも、スタッフの中に精神的に支えてくれた人が数人いたので、乗り越えられました。

 ――いま出演している「サンデーモーニング」と「ニュースステーション」との違いは。

 「サンデーモーニング」は、だいたい関口(宏)さんのアイデアで動いていて、チームワーク重視。久米さんは出役に徹していて画面と普段が正反対。物静かで、なんともいえないオーラが漂っていました。日本を代表する司会者である2人の宏さんを知るのは、私だけかもしれません。

 ――印象に残っている取材は。

 東西ドイツの統一をベルリンからリポートしました。その瞬間に立ち会うことで、教科書を読むだけではわからないことが体験できます。私の財産です。阪神淡路、東日本の二つの大震災の取材も忘れられません。大変な経験をしている人たちがインタビューにちゃんと答えてくれるし、こちらを気遣ってくれました。人は強くて優しい、と思いました。

 ――テレビ報道の現場に35年。雰囲気は変わりましたか。

 昔はいまより自由に番組づくりをしていた気がします。自粛とか忖度(そんたく)とか、あまり意識していなかったのではないでしょうか。いまは両論併記とかバランスとか、かなり神経を使って放送しています。人権問題にも敏感で、配慮しなければならないことが増えてきた気がします。これは良い面と悪い面、両方あるでしょうね。

 ――SNSの発達などで、新聞、テレビなどのメディアの役割も問われています。

 番組は公の存在だから、ある程度批判されて当たり前です。こんな考えを持っている人もいる、とわかるのは、良いことかもしれません。いまの若い子はスマホで生きていますが、信用するメディアを聞くと、テレビだったり、新聞だったりします。最後に信じてもらえる存在にならなくてはいけないと思います。

 ――大学でメディアとコミュニケーションの講師もしているそうですね。

 いまの子はリアルのコミュニケーションがものすごく減っています。毎年、「これから1週間、傾聴を心がけてみてください」という課題を出します。無愛想な靴の修理屋さんが、学生が傾聴を心がけて接したことで距離が縮まり、最後には代金をまけてくれて驚いた、というリポートもありました。筋肉と同じで使わなければ劣化します。

 ――女性が長く働くことに苦労は?

 仕事と家事、育児の両立は、はなから諦めていました。シングルマザーだったこともあり、ベビーシッターやママ友に助けてもらったり、高松の両親にもしょっちゅう上京してもらったりして乗り切りました。男女雇用機会均等法ができても、日本はまだまだ。有能なのにキャリアを諦める友人をいっぱい見てきました。

 ――コロナ禍の今年はどんな年でしたか。

 コロナでいろんなことがあぶり出されてきた1年でした。感染者や家族、医療関係者への差別など、人間が隠してきた醜さが出てきました。一方で、すべての会議やあいさつ回りが必要か、働き方を見直し、本当に大切なことは何かを考え直すきっかけになりました。私自身は大学のオンライン講義に初めて挑戦しました。最初は絶対に無理だと思いましたが、何とかなるもんですね。

 ――出身地の高松への思いは。

 きれいな景色がすぐ近くにあっても、ありがたみが全然わからなかった。栗林公園なんて、すばらしい庭園が近くにあったのにもったいなかったと思います。もう東京での暮らしの方が長くなってしまいましたが、たまに帰りますし、天気予報は必ず高松を見ます。生まれ育った街だけに「高松愛」はありますね。

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 1961年、高松市生まれ。高松高校、東京女子大学を卒業後、テレビ静岡でアナウンサーに。85年から2年間、「ニュースステーション」(テレビ朝日系)でキャスター。89年からは「サンデーモーニング」(TBS系)のキャスターを務めている。母校の東京女子大や立教大などでコミュニケーションを、都内日本語学校では留学生に日本語を教える。

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