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 新潟県南魚沼市の高橋盛行さん(40)のもとに、同僚からメールが届いたのは、17日午後8時過ぎのことだった。大雪によって関越自動車道で立ち往生する車列に巻き込まれ、これで2日目の夜を迎えたのだという。「物資が全然届きません」と書かれていた。

 「今こそ、出番だ」。すぐに準備にとりかかり、長野県小布施町の林映寿(えいじゅ)さん(44)に連絡をとった。

 高橋さんは、地元のスノーモービル専門ショップで社長をつとめる。レジャーとして人気だが、スノーモービルや四輪バギーの機動力を災害救助に生かすための「オフロードビークル協会」を、林さんらと4月に立ち上げたばかりだった。

 6年前の冬、福島県内の国道49号で30時間近く立ち往生したことがあった。そのころから大雪の現場でスノーモービルがもっと活躍できるはずだと考えていた。

 林さんも、昨秋の台風19号で地元の千曲川が決壊して周囲が泥地となるなか、所有する四輪バギーが役立った経験をもっていた。「雪道でもバギーが必ず力になれる」と高橋さんとやりとりしていた。

 メールから5時間後。

 18日午前1時過ぎには2人は、立ち往生が続いていた六日町インターチェンジ(南魚沼市)に着いていた。

 雪は腰の高さまで積もり、救助活動にあたっていた自衛隊員も前に進むのに苦労していた。

 許可を得て関越道に入ると、バギーとスノーモービルで走って新雪を固め、人が歩ける道を6キロほど確保した。立ち往生している車の間を縫うように進み、どの車に、どんな物資が必要なのかを聞いて回った。「数えてないけど、100台以上は回った」と高橋さんは振り返る。

 多くの車で水や食料が尽きつつあり、車のまわりに積もった雪を口にした運転手が少なくなかった。

30メートルに30分 運転手ら救った「かんじき」の道
関越道の大雪立ち往生は、多くのドライバーが寒さや空腹にさらされました。一方、様々な手助けを買って出た人々もおり、心温まるエピソードも。あのなつかしい道具を使って手助けしたお話はこちらです。

 ガソリンが残りわずかで暖房が使えず、席でじっとしてしのぐ家族連れや、近くの車に避難する人もいた。零下2度の深夜。エンジンを切っていた車は全体が雪で覆われていた。道路脇の雪をスコップで掘って作られたトイレもあった。

 聞き取った情報を自衛隊と共有し、再びスノーモービルとバギーに乗って、ガソリンや水、クッキーなどを配って回った。「ありがとう。もうだめだと思いました」と涙する人や、「他の人に回してあげて」と物資を譲り合う人もいた。

 夜通しで続け、高橋さんが配布を終えたのは18日正午過ぎ。2人とも「少しでも役に立てたなら、よかった」と口をそろえた。(増山祐史)