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 【群馬】昨秋の台風19号で県内最多の333棟が浸水した太田市の水害。被災地を歩いて気になったのは「ここは安全」「水は来ないと思った」という声の多さだった。避難勧告が出ても住民の大半が自宅を離れなかったのはなぜなのか。

 避難勧告が出された昨年10月12日午後7時、プリンの店「OTA FACTORY」を営む田部井光代さん(57)=高林南町=は強風に備え家の養生や戸締まりを終えたところだった。大した雨ではなく「水は無警戒だった」という。

 「妹宅へ避難しよう」と夫は提案したが、「娘と2人で行って。私は後から行く」と田部井さんは気が進まなかった。「1人だけ置いて行けない」と夫は折れた。いつの間にか迫る水。2階に逃れ、おびえて一睡もせず朝を迎えた。車6台と店の高額な機材を失い、自宅など3棟が床上65~85センチ浸水した。

 田部井さんに危機感がなかったのは、どこが冠水するか、地域の特徴を熟知していたからだ。自宅の約100メートル南に石田川。水田が広がり、縦横に水路が。台風時は何度も水田が冠水したが、水はけは早かった。

 「これだけ大きな被害は想定外。ここでは(2018年の)西日本豪雨級の水害は起きないと思い込んでいた」と田部井さん。夫からは「今度は早々に避難するから反対しないで」と釘を刺されているという。

 石田川左岸そばに住む会社員の…

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