[PR]

 11月に81歳で亡くなった秋田県横手市出身の漫画家矢口高雄さんや関係者にインタビューを重ねた評伝が19日、出版された。筆者は元新聞記者の藤沢志穂子さん(53)。作品の魅力に触れ、漫画の原画保存に尽力したその功績を描こうと思い立ったという。

 評伝のタイトルは「釣りキチ三平の夢 矢口高雄外伝」(世界文化社、四六判240ページ、1600円、税別)。

 産経新聞の秋田支局長として2016年10月に着任した藤沢さんは、主人公の三平君がスーパーの商品や各地のポスターにあふれていることに驚いた。矢口さんが漫画の原画保存にも取り組んでいることに興味を抱き、矢口さんに取材したのが最初だった。

 「当時、長女を亡くされた失意のなかで、体調も優れず、すでに筆を折っていたが、だからこそ、原画の保存を通じて漫画業界に貢献したいと熱く語っていたのが印象的だった」

 以来、東京の自宅や秋田県内で30回以上本人に電話や対面でインタビューを重ね、矢口さんにゆかりがある多くの関係者にも取材した。

 とりわけ印象深いのは、漫画家として上京する前に勤めた銀行の同僚でもあった友人と、矢口さんの交流だという。超売れっ子だった時期も秋田に帰ると、同宿して枕を並べ、「読者から見放され、食っていけなくなったらどうしよう」と不安を口にした。農村にこだわった作品を描き続けたい思いと、人気が出ないと打ち切られる怖さ。葛藤が伝わってきたという。

 豪雪地帯の自宅から下宿していた高校時代は貧しくて食べられなかったラーメンを、秋田に戻ると必ず食べたというエピソードも知り、故郷への複雑な胸中を垣間見た気がした。

 また、「原画保存の意義や作品の魅力を客観的に描きたい」と、同時代に活躍した漫画家や研究者、当時の担当編集者に話を聞いた。評伝では、美術館の原画の保存活動が漫画の文化的価値を高めることにつながる、といった専門家の見方も紹介している。

 藤沢さんが矢口さんと最後に会ったのは今年の正月だった。「本、ほんとうに出るの」と言われたという。春には矢口さんが体調を崩し、長時間の電話も控えた。画業50周年の今年のうちに出版にこぎつけたいと執筆を急いだ。「本を見せられなかったのは残念だが、功績を伝えることに少しでも役立てば」と藤沢さんは話す。

 藤沢さんは19年4月、産経新聞を辞め、現在は広島市の県立広島大学職員。(松村北斗)