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 中東パレスチナでは、イスラエルによる占領への抵抗が数十年間続いてきた。だが現場で取材をしていると、こうも感じる。抵抗の熱気が少しずつ、失われつつあるのでは――。最後に大規模な民衆蜂起(インティファーダ)が起きてから今年で20年。パレスチナで何が起きているのか。(エルサレム=高野遼)

 11月18日の朝、パレスチナのヨルダン川西岸にあるアルビレという集落に、100人ほどの住民が抗議デモのために集まっていた。

 隣接するユダヤ人入植地を米国のポンペオ国務長官が訪問することに反対するためだ。予定通り、午前10時半に行進が始まり、若者たちが入植地のふもとへ駆け出していく。パレスチナの旗を掲げ、タイヤを燃やし、黒い煙が上がる。

 典型的なパレスチナの抗議デモの光景だ。だが、30分もすると大人たちが「帰るぞ」。あっという間に人々の姿は消えていった。

 「もう終わりですか」。思わずそう口にしてしまった記者に、住民の一人は言った。「これが今のパレスチナ。民衆蜂起なんて二度と起こせる空気じゃない」

仕事がなく、結婚もできない――。記事後半では、将来への不安に揺れる、パレスチナの人々の声に耳を傾けました。

 この数年、トランプ米政権がイスラエル寄りの政策を進めた影響もあって、パレスチナ問題が世界の注目を浴びる機会は何度もあった。エルサレムへの米大使館の移転、イスラエルによる西岸地区併合の動き、アラブ諸国とイスラエルの関係正常化……。いずれもパレスチナは「断固反対」の立場をとったが、反対運動のうねりを生むことは少なかった。政治家たちがイスラエル批判に気勢を上げるのとは対照的に西岸地区では目立ったデモも起きず、住民たちにも冷めた態度が目立った。

 パレスチナは抵抗の熱気を失ってしまったのか。民衆蜂起の勢いがあった20年前を知る人物を訪ねた。

20年前は「怒りに震えていた」

 「あの頃、我々には夢があった。人々を束ねる指導者もいた」。ムハンマド・バルグーティさん(42)は20年前を懐かしむように言ったあと、こう加えた。

 「でも今は、すべてが変わってしまった」

 2000年9月、パレスチナで第2次インティファーダと呼ばれる民衆蜂起が始まった。民衆は武器を手に立ち上がり、イスラエル軍も激しく応戦。4年余りで3千人以上のパレスチナ人が死亡し、イスラエル側にも数百人の死者が出た。

 バルグーティさんは当時、パレスチナ自治政府の治安部隊に所属する若手隊員だった。カラシニコフの名で知られる自動小銃「AK47」を手に、茂みに隠れ、通りかかるイスラエル軍の車を襲撃した。「イスラエル軍はパレスチナの子どもたちを無残に殺した。誰もが怒りに震えていた」と振り返る。

 03年3月、バルグーティさんはイスラエル軍拠点への襲撃計画に関わったとして逮捕された。禁錮16年の判決を言い渡された。

 そして昨年3月、刑期を満了し…

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