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 国営諫早湾干拓事業(長崎県)をめぐり、堤防排水門の開門調査を命じた福岡高裁の判決が確定して21日で10年がたった。20日には野上浩太郎農林水産相が就任後初めて現地を訪問。干拓地の営農者は「不毛な裁判を終わらせて」と求めた。野上農水相は、開門以外の方法で問題解決を目指すという国の従来の方針に言及。漁業者側は「失われた10年」の有明海の窮状を訴えた。

拡大する写真・図版諫早干拓を視察する野上浩太郎農水相(左から3人目)=2020年12月20日午前11時57分、長崎県諫早市、長沢幹城撮影

干拓さえなければ…

 「タイラギは今、ゼロです。9年連続休漁。アサリも、クルマエビもゼロ。これで生活していけますか」

 佐賀市であった野上浩太郎農林水産相と、開門を求める裁判の原告や弁護団との意見交換の場。漁業者の平方宣清(のぶきよ)さん(68)=佐賀県太良町=は語気を強め、コロナ対策で5メートル離れて座る野上農水相に「このままでは後継者は育たない。地域が消滅する」とぶつけた。

拡大する写真・図版野上浩太郎農水相に有明海の漁業の現状を訴える平方宣清さん(中央)=2020年12月20日、佐賀市、長沢幹城撮影

 平方さんは漁師の家の次男として生まれ、19歳で潜水士になった。潜って採るのは、すしネタにも使われる有明海の高級二枚貝タイラギ。最盛期は300隻近い船が漁に繰り出し、平方さんも1千万円を超える年収があった。

 だが、国が干拓事業のために潮受け堤防で湾を閉め切った1997年以降、海に異変が起きた。翌年から大規模な赤潮が頻発し、タイラギが激減した。断続的な休漁を余儀なくされた。

 「干拓さえなければ、一人の漁民として何の障害もなく有明海と向き合えた」。堤防排水門の開門を求める裁判に参加。2010年12月、福岡高裁が国に開門を命じると、当時の民主党政権の菅直人首相が「高裁の判断は大変重い」と控訴を断念し、判決は確定した。「これで有明海で生活していける」。将来に確かな希望を持てた気がした。

 しかし、国は期限の3年を過ぎても開門せず、逆に17年、開門差し止めを命じた別の裁判の判決を受け入れた。国が負った開門の義務はほごにされたままだ。

「主張を通すために判決を無視するというのは裁判の基本的ルールを崩す行為」。記事の後半では、確定判決を守らなかった国の姿勢を批判する漁業者側の馬奈木昭雄弁護団長のインタビューを掲載しています

 この10年、海の仲間は減るば…

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