演芸番組「笑点」のレギュラーで活躍し、明るい高座でにぎわせた落語家の林家こん平(はやしや・こんぺい、本名笠井光男〈かさい・みつお〉)さんが17日、誤嚥(ごえん)性肺炎で死去した。77歳だった。葬儀は近親者で営んだ。後日、お別れの会を開く予定。

 新潟県千谷沢村(現長岡市)生まれ。1958年初代林家三平に入門、72年真打ち。前座からこん平で通した。「笑点」は66年の放送開始から大喜利に出演、あいさつで「チャラーン」とさけび、「越後生まれ」「出稼ぎ落語家」と名乗るなど地方出身の庶民派として親しまれた。卓球の愛好家としても活動した。

 80年に師匠三平が亡くなってからは一門を率いた。弟子に林家たい平、二代目林家三平がいる。

 2004年に入院、多発性硬化症と診断されて06年に「笑点」を降板し、高座から遠ざかった。14年から「都電落語会」を催し、自らも都電に乗って闘病をアピールしていた。

 たい平さんは「落語について一切言わず、伸び伸び育ててもらい、感謝の気持ちでいっぱいです。『焦るんじゃないぞ、咲くときがあるから』と言われた言葉が、いつも自分の中にありました。芸人は愛されることが大切だ、親しみをもって呼ばれることが素敵なことなんだ、と教えていただきました。『こんちゃん』と街で呼ばれたら『ハーイ』と手を挙げて応えていた。落語家はそうでありたいと思わせてくれました」と語った。