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 「天安門事件(アルシュサミット)」という外務省の3冊のファイルに、事件翌月のG7サミットで中国問題をどう扱うか、日本と欧米のつばぜり合いの記録が詰まっている。

 1989年7月7日、各国首脳を補佐する「シェルパ」によるフランスでの事前協議。国広道彦外務審議官ら日本側は「中国に関し特別の宣言を望まない」と述べたが、他国が全て宣言は必要と主張し、議長国の仏案で議論が始まった。

 人権問題として非難した上でどこまで踏み込むか。閣僚級の交流や武器貿易の停止など、各国で実施済みの制裁を記すことに日本は反対した。米国は「具体的措置に言及しない限り議会・世論との関係で大きな困難に直面する」と述べた。

 日本は、具体的制裁に触れるならカッコ書きにして少しでも表現を弱めるよう要求。イタリアは「カッコが残れば(主張した日本は弱腰だと)外部に漏れ世界的批判を招く」と牽制(けんせい)したが、日本は「そういう困難はあっても立場は変えられない」と反論した。

 サミット開幕3日前の11日、東京。外務省幹部は宇野宗佑首相との勉強会をふまえ、パリの国広氏に「カッコ書きを外す政府首脳の決断の際、中国との関係でさらにバランスの取れた表現が不可欠との強い意向が示された」と伝えた。

 その際の指示が、「我々は中国が孤立化することを意図しない」という文言を宣言に入れることだった。

 国広氏がその日にフランスのシェルパのアタリ大統領特別顧問に話すと、「トーンがずいぶん弱くなる」と難色。米国のシェルパも同様で、さらに「欧州諸国は、日本が中国に厳しい姿勢をとりたがらないのは中国での経済的利益を守るためだと信じている。特にアタリがそうだ」と告げた。

開幕日の昼食会、宇野氏が見せた駆け引きの手腕

 宇野氏らがパリに着いた12日…

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