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 東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故から10年を迎える来年3月、長崎県立長崎南高校(長崎市上小島4丁目)の2年生が修学旅行で福島県を訪れる。同校で22日、卒業生で、事故直後から放射線医療の専門家として同県で活動してきた長崎大原爆後障害医療研究所の高村昇教授(52)が2年生約230人を前に講演した。「福島のことを自分ごととしてとらえてほしい」と話した。

 2年生は今月、ベトナムへ修学旅行に行く予定だったが新型コロナウイルスの流行を受け、行き先を福島県に変更した。県立ふたば未来学園高校(同県広野町)の生徒による演劇を見たり、9月に開館した東日本大震災・原子力災害伝承館(同県双葉町)を訪れたりする予定だ。

 高村教授は内科医で、チェルノブイリ原発事故(1986年)の被害地域で医療協力に当たった経験から、福島で事故直後の住民説明会に参加。9町村が役場ごと避難した中で、2012年にいち早く帰村宣言をした川内村などの支援にも携わってきた。伝承館の館長も務めている。

 講演は事前学習のために学校が企画した。高村教授は長崎、広島の被爆者の調査で被爆時の年齢が若い人ほどガンになりやすいことが知られ、チェルノブイリの事故では、放射性ヨウ素が濃縮された牛乳を飲んだ子どもたちが内部被曝(ひばく)したことを解説。「福島の放射線量はチェルノブイリと比べかなり少なかったが、子どもの健康を守ることが大事だった」と振り返った。

 川内村の人口は震災前の約8割まで回復したが、伝承館のある双葉町は現在も大部分が帰還困難区域。福島県によると、11月末時点でなお約3万6800人が避難生活を送る。高村教授はこうした現状にふれ、「(福島第一原発の)廃炉には数十年かかるという現実もある。原爆を経験した長崎の県民であるみなさんは、ぜひ自分ごととしてとらえてもらいたい」と話した。

 講演を聞いた鼻崎康太さん(17)は修学旅行へ向け、復興に取り組む若者について調べているといい、「僕たちが75年前の原爆を知っているように、福島でも語り継いでいくことが大切だと思った」と話した。(榎本瑞希)

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