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 超高層の神戸市役所1号館の横にある、5階建ての2号館の解体工事が今月、始まった。もとは8階建てだったが、阪神・淡路大震災で6階部分が崩落。上層階を撤去して使われ続けてきたが、建て替え計画が動き出した。震災の記憶を伝える庁舎との別れを、市職員や市民が惜しんでいる。

 真っ暗な建物の中で懐中電灯を照らすと、柱が潰れて鉄筋が飛び出していた。

 解体工事が始まった2号館を見上げると、神戸市都心再整備本部長の中原信さん(55)はそんな震災直後の光景を思い出すという。

神戸の「シンボル」

 2号館は1957年、4代目の本庁舎として建てられた。当時は周りに高い建物もなく、北隣にあった花時計と共に神戸のシンボルとして市民に親しまれた。

 30階建ての新しい庁舎が隣に完成した89年、「2号館」と名前を変えたこのビルで、中原さんは社会人としての一歩を踏み出した。

 そして1995年1月17日。須磨区の自宅で寝ていたところを激しい揺れに襲われた。枕元にテレビが落ち、食器棚が倒れ、大きな音をたてて皿が割れた。

 幸い家族にけがはなく、家の片付けをしていたその日の午前、住宅局(現建築住宅局)の上司から電話があった。「可能なら出て来てほしい」。スーツに着替え、タクシーで向かった。

 神戸の中心市街地を南北に貫くフラワーロードは波打ち、見慣れたビルが横倒しになっていた。タクシーを降り、市役所まで歩いていると、変わり果てた街の姿に涙がこぼれた。やがて6階部分がくしゃっと潰れた2号館が見えてきた。

 1号館では普段着姿の職員が走り回っていた。スーツに革靴姿の自分がひどく浮いて見えた。

 まずは被災状況の確認だが、住…

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