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 スポーツアナウンサーとして五輪や大相撲の中継で活躍した刈屋富士雄さん(60)が、38年間勤めたNHKを定年退職し、イベントを運営する側のスポーツプロデューサーに転身した。既存のスポーツ団体とは違う、「新しいレガシー」として本人が国内に定着させたいと願う夢は。

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 「伸身の新月面が描く放物線は栄光への架け橋だ」。2004年アテネ五輪で体操男子団体金メダルの名文句を生み出した。38年間勤め、夏・冬10大会の五輪を現地取材したNHKを定年退職。スポーツプロデューサーに転じた。

 「7年前の開催決定から、東京五輪は報道側ではないと思った。五輪を機に子どもたちが複数の競技や指導者を自由に選び、楽しく挑む環境を定着させたい」。既存の競技団体とは違う新しいレガシー作りに残りの人生をかける。

 静岡県御殿場市出身。小学生のとき、メキシコ五輪で黒人差別に抗議の意思を示す選手に衝撃を受け、スポーツのとりこになった。早稲田大ボート部でも活躍。アナウンサーを志したのは、間近で競技を見たい一心だった。

 転身は大相撲中継に携わった影響も大きい。親方らと行ったウクライナでの大会で「ルールがわかりやすい。世界で最も公平なスポーツ」とのジュニア王者の声に感激した。日本生まれの相撲は誰でも簡単にできる。二つ目に取り組む競技にはうってつけだと思う。

 まずはアマ相撲の底辺拡大へ。国際大会を夏に計画したが、コロナ禍で中止になった。「高校総体や全国中学選手権の代替大会を」と要望され、所属会社のある東京・立川で中高生の全国大会「元日相撲」を開く。「コロナ下の特別な年明け。優勝者は元日横綱と名づけたい」(竹園隆浩)