[PR]

 新型コロナウイルスによる感染症拡大が続いています。生きていれば、人生の中で1回は、事件や事故、病気、災害など、命にかかわるような大きな出来事に遭遇することがあるとは思っていましたが、今回のような「感染症」はまったく予想していませんでした。国内だけではなく、世界中、同時期に「パンデミック」となり、私たちの生活を一変させました。そこから浮かび上がってきた課題について整理をしたいと思います。

 新型コロナウイルスの感染症拡大は、現代社会が抱えていた様々な課題を顕在化したと私は感じています。例えば、かかりつけ医や在宅医療との連携など地域医療の問題、医療従事者の過重労働、ACP(Advance Care Planning:人生会議)の大切さ、研究開発やその手続き、データ活用と個人情報、病気をもつ人に対する偏見や差別、倫理、家庭の問題や貧困、学校教育など、挙げ始めたらきりがないほど多岐にわたります。

 感染症は分断の病と言われます。そこには、ウイルスが直接広がるという生物学的感染症の他、感染に対する個人の不安や恐れという心理的感染症、そして、感染した人に対する差別や偏見という社会的感染症の「三つの感染症」があると言われています。三つの感染症からみえるパンデミック下での人の感情行動は、時代を経てもあまり変わりがないことを多くの方が痛感されているのではないでしょうか。

 私たちは、この経験をこれからの社会づくりに生かし、問題を先送りにするのではなく、解決をしていかなければなりません。特に、働き方に関しては、本当に大きな改革をもたらしました。そして、これからは二極化がますます進むのではないかと感じています。

 2018年ごろから政府によって進められてきた働き方改革では、「働く方の置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすることを目指す」とし、長時間労働の是正や非正規雇用と正規雇用との格差是正、子育てや介護・治療との両立支援、高齢者雇用など、様々な取り組みが進められています。あわせて、取り組みを進めていくために必要な法制度の改革なども検討されています。かねて私たち患者団体も要望している「傷病手当金の通算取得化」もその一つです。

 今回の新型コロナウイルス感染症拡大では、医療崩壊の防止と経済のバランスを考えた対策を拡大の状況に応じて柔軟に対応していくことが難しく、今なお明解な解決方法は見つからず、世界中が苦慮している状況です。特に、観光サービス業や飲食業など、特定の業種においては、大きな経済的な打撃を受けています。そして、中でも非正規雇用は、今回も大きな打撃を受けていることが見えてきます。

がん患者の8人に1人が治療内容など変更

 私たちの団体では、2020年10月に310人のがん患者さんを対象にしたウェブ調査を実施しました(協賛:アフラック)。この結果から、8人に1人の方が外来や検査、治療内容に変更が生じていたことが分かりました。

 働き方については、図1に示すように、緊急事態宣言期間中は、約3割が一部、あるいは全面テレワークへ切り替えていることが分かりました。しかしながら、これらの取り組みは正規雇用が中心で、非正規雇用では働き方の変更が行われていないことがわかりました。この状況は「格差」というより「差別」に近いのではないかと思うぐらいです。働く時間数や収入についても、自営業、民間企業、非正規雇用を中心に2~3割ほど減少しており、本当に心配な状況です。

拡大する写真・図版緊急事態宣言中の働き方

リンク:一般社団法人CSRプロジェクト調査

https://workingsurvivors.org/report.html別ウインドウで開きます

 図2は2013年に実施した非正規雇用のがん患者さんの生活調査です。がん診断後の雇用状況の変化を調べてみると、「依願退職、解雇」を含めた割合は、非正規雇用が32%に対して正規雇用は9%と、がん罹患(りかん)後の非正規雇用の離職率は、正規雇用の3.5倍も高いことがわかっています。また、非正規雇用では、がん診断後に52%が年収が減少、「無収入になった」と回答した人の割合は29%と、正規雇用の17%と比べて明らかに高い数値になっています(図3)。このように、歴史に残るような大きな事件などが起きた際には、常に社会的な立場が弱い人たちにしばしば影響がでるのです。

拡大する写真・図版図2非正規雇用と正規雇用のがん診断後の離職状況

拡大する写真・図版図3がん診断前の世帯年収の変化(非正規雇用と正規雇用の比較

 以前この連載でも紹介した「平成30年度がん患者体験調査(がん対策情報センター:https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2020/1014/index.html別ウインドウで開きます)」では、治療費負担が原因で治療を変更・断念した人が4.9%ほどいることが分かっています。

コロナが次第に医療を圧迫する

 新型コロナウイルス感染症拡大の防止に係る対策により、特に、女性就業者数が多い産業、雇用形態が受けた打撃は極めて大きいことが推測されています。今後は、①健診を受けなかったことによる早期発見の遅延②治療など受療を控えたことによる重症化、に加えて③経済困窮を背景とした治療変更や断念、も懸念されます。

新型コロナウイルス感染症拡大は、がん医療だけではなく、難病や救急医療などにも影響を与え、本来救えていた命が救えなくなる可能性もあります。また、医療従事者は春からずっと感染予防策で神経をすり減らし、疲弊し続けています。いま一度、一人ひとりが、自分の行動が及ぼす影響を考え、できる限りの行動をとっていくとともに、経済支援も継続をし、この国難を乗り越えていきたいです。

     ◇

 この連載が始まったのは2016年です。延べ60回近く連載をさせていただきましたが、今年をもってお休みをさせていただきます。また皆さんとお会いできることを楽しみにしています。

桜井なおみ

桜井なおみ(さくらい・なおみ) 一般社団法人CSRプロジェクト代表理事

東京生まれ。大学で都市計画を学んだ後、卒業後はコンサルティング会社にて、まちづくりや環境学習などに従事。2004年、30代で乳がん罹患後は、働き盛りで罹患した自らのがん経験や社会経験を活かし、小児がん経験者を含めた患者・家族の支援活動を開始、現在に至る。社会福祉士、技術士(建設部門)、産業カウンセラー。