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 東日本大震災の発生から数日たった2011年3月半ば。東京・内幸町にある東京電力本店2階の非常災害対策本部はますます大混乱に陥っていた。福島第一原発で、原子炉建屋が相次いで水素爆発を起こし、その対応に追われていたからだ。格納容器内の圧力を下げるベントの指示や原子炉を冷やす海水注入の判断など、緊迫したやり取りが続いていた。

 震災時は、中国への視察で不在だったものの、帰国してから社内を取り仕切っていくのが、東電会長の勝俣恒久だ。02年、原発のトラブル隠しで首脳陣が総退陣する一大不祥事の後を任され、社長に就いた人物だ。その後も原発の検査データの改ざんや新潟中越沖地震などの修羅場をくぐり抜けてきた勝俣は、頭の回転が速く、「カミソリ勝俣」とも呼ばれていた。

 事故の収束後の責任問題も見すえて動いていた。東電内では、法務部門を中心に顧問弁護士の意見を仰ぎ、原子力損害賠償法が定める電力会社の「免責規定」が使えるか否かの検討を始めていた。

 1961年にできた原賠法では、原発事故が起きた場合、過失の有無にかかわらず電力会社に賠償させる「無過失責任」と、賠償に上限を設けない「無限責任」という、極めて重い責任を電力会社に負わせている。大蔵省(現財務省)が巨額の財政負担を懸念したことや、広島、長崎への原爆投下から15年ほどの当時、世論への配慮もあった。ところが、その世界でもまれな無限責任を定めた同法第3条にはただし書きがある。

 「その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りではない」。つまり、理由によっては、例外的に電力会社の責任を免除するという、いわゆる免責規定だ。

 勝俣は東日本大震災による津波は、この「異常に巨大な天災地変」にあたる可能性が高いと考えた。つまり、想定外の津波で起きた事故だから、自分たちに無限責任はないというわけだ。「あの条文を読めば、誰だって免責が適用されると考える」。東電の関係者は今でも口々にそう語る。

東京電力の福島第一原発事故から3月で10年を迎えます。事故後に実質国有化された東電はいまも、自立再生の道筋が見えないままです。なぜ、こうした状況になっているのか。まず最初に、東日本大震災を引き金とした原発事故の責任問題をみます。事故直後から様々な当事者たちの間で激しい攻防が繰り広げられていました。

 そのころ経営の中枢にいた東電…

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