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 仙台藩祖の伊達政宗が築城した仙台城の大手門を復元しようと、仙台市が来年から本格的な計画に乗り出す。城跡のある青葉山(青葉区)の発掘や測量でかつての城郭の姿を取り戻しつつ、早ければ政宗没後400年を迎える2036年までの完成を目指したい考えだ。

 市教育委員会が11月、大手門を復元する整備計画の中間案を示した。まずは来年からの10年間で、周辺の発掘・測量調査によって当時の城郭の様子を取り戻すことを優先する。山道に残る石垣や土塁などが草木に覆われて見えなくなっているため、植生を整えて市街地からも面影がうかがえるよう試みる。

 その後、大手門の基本設計に取りかかる予定だ。仙台城の正門にあたり、高さ12・5メートルの2階建てで、城門としては国内最大級だった。中間案では38年までを事業期間と位置づけているものの、郡和子市長は12月の会見で「政宗の没後400年を迎える2036年には間に合わせたい」と意気込んだ。

 城跡脇の西側を走る市道(仙台城跡線)も調査・整備の対象区域にあたるため、期間中に一部の区間を2年程度、通行止めにする。具体的な時期は未定という。市教委は周辺の交通量を調査したうえで「代替ルートに誘導すれば、渋滞が起こらないことが分かった」とした。

 仙台城は、江戸幕府が開かれる直前の1601~02年に伊達政宗が築城。江戸時代には伊達家当主の統治拠点として使われ、1871(明治4)年には新政府の陸軍部隊(東北鎮台)が置かれた。

 その後、1882(明治15)年の火災でほとんどの建物が焼失する中、大手門と脇櫓(わきやぐら)は無事だった。大手門と脇櫓は1931(昭和6)年に国宝に指定されたが、45(昭和20)年の仙台空襲でともに焼失した。

 脇櫓は戦後に再建された唯一の建造物ではあるが、屋根の形状などに史実と異なる点があることから、市は大手門の復元にあわせて造り替える方針だという。

 郡市長は「発掘調査の計画を明記したことで具体的なスタートを切れる。市民にとって心のふるさとを復元することになる。私自身もとてもうれしく、わくわくしている」と意義を強調している。

 中間案は市のHPで見ることができる。市文化財課はメール(kyo019320@city.sendai.jp)やファクス(022・214・8399)などで意見を募集している。25日まで。(申知仁)

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