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 ある時は商業施設に侵入し、ある時は民家の倉庫に逃げ込み……。私(平川)は今年、市街地へのクマの出没情報を耳にするたび、何度も現場に出動した。なのでこの秋、休日に岐阜・石川県境の白山へ登山に向かう途中で偶然立ち寄った国道沿いの大衆食堂には、ちょっとした縁を感じた。

 石川県白山市白峰地区の「永清」。店内の壁には「熊さんはいりました」の貼り紙が。1975年に店を開き、80年代以降、クマ肉を扱うようになった。

 注文したのは「熊うどん」。薄切りのクマ肉がうどんにのっている。かみ応えのある牛肉のようだが、羊肉のような香りも口に広がりクセになる。

 店を切り盛りするのは、白峰で生まれ育った永吉静子さん(80)。白峰にはもともと狩猟文化があったという。「小さいときにはウサギをよく食べた。クマはめったに食べられなかったけど、父親がクマの頭を持ってきたこともあったよ」

 同地区出身で、石川県立白山ろく民俗資料館長の山口一男さん(71)によると、耕地の少ない白峰では、クマ猟は大事な収入源だった。胆囊(たんのう)や毛皮が高値で取引され、肉は猟師たちなどで分けたという。

 だが、60年代以降、都会への人口流出で、狩猟は衰退、森や畑を手入れする人も減った。結果、白山麓(ろく)では、里山という「緩衝地帯」が減り、クマが人の暮らしのそばに出やすくなったという。

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 「緩衝地帯の維持」。それはクマと人との共生を考える上でとても重要なキーワードだ。今年の目撃や痕跡の件数は、福井県と石川県で前年より増加した。福井県では10月下旬、同県敦賀市の北陸新幹線の工事現場付近にクマが現れ、JR西日本の社員らが襲われ、けがを負った。石川県加賀市でも10月に商業施設に迷い込み、富山県南砺市では11月、民家の庭に現れ住民を襲った。9月以降のけが人は、石川県14人、富山県1人、福井県10人に上る。

 石川県自然環境課によると、県内での大量出没は、生息数の増加と生息域の広がりが背景にあるという。推定生息数は、20年前のおよそ倍の1050頭前後。もともとは加賀地域に生息していたが、2016年以降、七尾市能登島のほか穴水町、能登町など奥能登地域でも目撃されるようになった。

 市街地での出没多発の原因には餌となる木の実の凶作があるが、他の要因として北陸3県の担当者がそろって挙げるのが、山口さんも指摘する緩衝地帯の衰退だ。過疎化で森に人が入らなくなって下草が生えたり、耕作放棄地がそのままになったりすると、クマが身を潜めやすくなる。

 「クマは本来、怖がりでおとなしい。市街地に出てしまったクマは、車の音や人の多さにパニックになっている。森・里山・市街地の区分がはっきりしていれば、人の気配がする里山には近づかない」と、石川県自然環境課の担当者。自治体は今、森と市街地との間の「緩衝地帯」の整備を呼びかける。柿やクリなどは早めに採り、森林の間伐をする。クマが川伝いに移動しないように河川敷のやぶを払う、といった具合だ。

 昨年、クマによるけが人が20人に上った富山県は今年度、住民による柿などの伐採作業を支援する「クマ被害防止緊急対策事業補助金」を創設。黒部、南砺、砺波各市から補助金の申請があったという。福井県勝山市も今年度、クマ対策で柿の木を伐採する個人や地区に補助金を出している。

 ただ、それでもクマは市街地に出没する可能性がある、と石川県立大学の大井徹教授は言う。その場合は、緩衝帯の整備にとどまらず、周りの森林にわなを設置するなどの対策もとるべきだ、とも。「人間の生活圏に近すぎるクマは除去し、山に入る時は人間がクマに配慮する。そうしたすみ分けが必要です」

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 人とクマの「共生」。人間に都合のいい言葉のような気もするが、それでも緩衝地帯が広がることを期待したい。来年、現場への出動回数も減ってくれれば。(平川仁、沼田千賀子)

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