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 12月10日の朝。日本海を望む北海道・積丹半島にある古平(ふるびら)町の漁港に、未明から刺し網漁に出ていた9隻の船が戻ってきた。

 「さっぱりだった」

 60代の漁師はため息をついた。

 岸壁で網を巻き上げ、掛かったスケトウダラを外す船もあったが、ほとんどは海上で網から外せる程度の水揚げだった。30年前の最盛期には、「外し子さん」と呼ばれる人が200人近くずらりと座り、深夜までスケトウダラを外すことが当たり前だった。その風景も今はなくなった。

 70代の漁師は「親のかたきと見えた魚は取れ、って言われていたな」と懐かしんだ。魚がよく取れる良い漁場は「早い者勝ち」で、1シーズンで5千万円稼いだ人もいたという。

拡大する写真・図版刺し網にかかったスケトウダラを水揚げする漁業者たち=2020年12月10日午前、北海道古平町、杉本康弘撮影

「取れるだけ取った」過去

 スケトウダラは日本で最も取れる白身魚で、卵はめんたいこの原料になる。1972年には全国で約300万トンの水揚げがあったが、2018年は13万トンを割り込み、漁獲量は24分の1に激減した。

 古平町でも、最盛期の90年代には年間で4千トンほど取れたが、10年前ごろは100~200トンほどに低迷した。そのころまでは、夏場に幼魚が取れると、1キロ20円で売ることもあった。

 漁業関係者は「1、2カ月我慢すれば身が太り、腹もふくれて卵も取れる。そうすれば4~5倍の値段で売れることはわかっていたが、かつては取れるだけ取っていた。次第に取れなくなり、魚が減ることに気づいた」と振り返る。

拡大する写真・図版漁船が接岸する古平漁港。船の着岸が落ち着く中、荷物を運ぶ漁業関係者の姿があった=2020年12月10日午前、北海道古平町、杉本康弘撮影

 同町の東しゃこたん漁協では、漁獲量が底を打った10年前ごろから、網を短くしたり漁の回数や時間を減らしたりして取りすぎない工夫を始めた。ここ数年は最盛期の2割以下だが、600~700トンに回復した。事業部長の八幡睦夫さん(52)は「近年は少しずつ資源が回復してきており、毎年一定量は取れるようになってきたが、取りすぎれば、翌年は全く取れなくなる恐れもある。みんなで協力して我慢しないと資源は増えない」と話す。

 漁業資源の減少に危機感を抱いた欧米の国々は70年代から、近海ではあらかじめ決めた漁獲量までしか漁を認めない制度(TAC)を導入した。日本がTACを始めたのは97年で、スケトウダラを含む8魚種については漁獲可能量を定めて管理している。

 だが、日本の漁獲量は減る一方だ。今年は新型コロナウイルスの影響で飲食店の需要が落ち込み、全国的に魚価は低迷。「乱獲」「薄利多売」の時代に逆戻りする恐れもある。

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