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国立広島原爆死没者追悼平和祈念館学芸員・橋本公さん(61)

 17年間の会社生活を経て美大で学び、学芸員となった異色のキャリアを持つ。今、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館(広島市中区)で企画展の立案や制作を手がける。

 マンガの影響で絵ばかり描いていたが、好きなことは仕事にしない方がいいとの固定観念に縛られ、東京の大学の商学部に進んだ。銀行に就職し、17年間の大半を為替のディーラーとして過ごした。

 40歳を前に、テレビの金融特番で制作者の発言が耳に飛び込んだ。金融関係者はものを作ったり運んだりする人の上前をはねているだけでは、という趣旨の発言。父が他界し、「自分は満足して死ねるだろうか」と思う中、ひっぱたかれた気分になった。

 41歳で美大に進学。2003年の卒業制作が国内外から注目を集める。世界地図上で各地で行われた核実験が時間の経過とともに点滅していく。その数約2千回。53年間を14分で表現した映像作品「1945―1998」だ。01年の米同時多発テロで「世の中に根深い問題が存在する一方、その事実を知らない人も大勢いる。芸術でつなぐことができれば」と思うようになったのがきっかけだ。

 在学中から計15年間、神奈川県の箱根ラリック美術館で勤務。「公の仕事がしたい」と、2017年4月に広島平和文化センターに移り、昨年追悼祈念館に配属された。

 所蔵資料から柱を立て、1年かけて翌年の通年企画展を練る。訪ねた芸術展で、詩や絵で反戦反核を訴えた四國五郎を知り「忘れ去られた芸術家に光をあてたい」と企画したのが、現在開催中の「時を超えた兄弟の対話」。昨秋のローマ教皇広島訪問を受け、今は被爆神父をテーマにした来年の展示準備に走り回る。「広島で世の中に貢献できる仕事をやれるのが幸せです」(宮崎園子)

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 熊本県出身。明治大商学部卒業後、邦銀に5年半、外資系金融機関に11年半勤務。2003年武蔵野美術大学造形学部卒。現職では、被爆者の遺影の募集や、被爆体験記・追悼記の収集などにも携わっている。